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視線の先には三脚に据えられたカメラ。その存在感は想像以上に大きかった。俺がさっきまでこの手に構えていたカメラなのに、それはまるで未知なる機械のようだった。
これが、被写体が撮影者から向けられる視線なのか。
俺は、左横に並ぶ香織さんを見上げた。右手にはいつでもシャッターが切れるように設定されたリモコンを持っている。
「けっこう緊張するもんだな」
「そうよ。緊張するのよ。ってか、あたしの気持ちがやっとわかった?」
「ごめん。今やっとわかった」
「よろしい」
ここで俺はすかさずリモコンのボタンを押す。カシャっという音がして、一瞬が切り撮られる。
「ちょっと、今の撮ったの?」
香織さんに責められる。だが、俺には切り撮った瞬間の全体像が脳内にあったので、悪びれもせずに答えた。
「撮ったよ。けど多分、俺と香織さんが視線を合わせて微笑み合っている写真が撮れただけだと思う」
「そ、そうなの?」
「うん。だって、さっきの香織さんの表情よかったし」
「そんな感じでいいの?」
「うん」
まだ疑いの視線を向けてくる香織さんに、俺は微笑んだ。
「俺を信じて。笑顔なんて意識しなくていいから、カメラを見よう。俺もカメラを見るから」
香織さんにそう言って、俺もカメラに視線を向ける。
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