75人が本棚に入れています
本棚に追加
被写体であり撮影者でもある俺。だが、リモコンを押すタイミングは俺が担っている。
今の俺にできることはただひとつ。香織さんの最もいい表情を切り撮るために、その気持ちの変化に敏感になり、そこに俺の表情を乗せること。対面ではなくて横並びの位置は、ちょうどドライブと同じだ。
「そうだ香織さん。車でドライブしている時みたいに」
「ドライブ?」
「うん。いつもたくさん会話するでしょ。その時みたいにして話そう」
俺は、ドライブ中にするような会話を思い浮かべる。うぬぼれているかもしれないが、香織さんが笑顔になってくれる話題。
「ねぇ、俺の浴衣姿、まんざらじゃないでしょ?」
「うん。着るの、難しかった?」
あれ? 期待とは少し違う返事だった。
俺は何気ないように言葉をつなぐ。
「そうだなぁ。やっぱり足が動かないからなぁ」
「ゲンキくんに手伝ってもらったの?」
「ううん、浴衣はひとりで着た。ゲンキくんには、帯だけ結んでもらった」
「そうなのね。やっぱり大変よね、浴衣」
まだ笑顔は引き出せないか。そうならば仕方がない。畳みかけるよりほかはない。
「ねぇ、だから俺の浴衣姿、どう? かっこいい?」
一瞬の沈黙。たぶん次の言葉がシャッターチャンスだ。
「さっき言ったのに。かっこいいって」
「うん」
わざとそっけなく返事をすると、香織さんがもっと言ってくれるから。そして俺はその続きが聞きたいから──。
「惚れ直した。……好き」
リモコンのボタンを押したが、シャッターチャンスを微妙に逃したかもしれない。あるいは俺がにやけてしまったかもしれない。というか、きっとにやけている。
仕返しだ。
「香織さんの浴衣姿もさ、きれいすぎて、俺鼻血出るかと思った」
ふふっと香織さんが笑ったところで、シャッターを切る。うまくタイミングが取れていたらいいのだが。自分も被写体になって撮影するスタイルは初めてなので正直自信がないが、自分自身と香織さんを信じることにする。
最初のコメントを投稿しよう!