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平屋の建物が二軒並んでいるような造り。片方は大きくてもう片方は小さいが、ふたつの建物は中でつながっているので正確には一軒。そしてさらにその奥には俺と香織さんが暮らす住居がある。
さて二軒並んでいるような造りのうち、大きい方が『ますいペインクリニック』、おまけのようにクリニックにくっついている方が『増井出張写真館』。さっき水をやったプランターのうち、白とブルーの方がクリニック、オレンジと黄色の方が写真館。それぞれ出入り口に置かれてある。
少しばかりの皮肉を込めて、俺は香織さんを見上げた。
「立派なのは香織さんの方だけだよ」
そう。俺たちは夫婦でそろって先月開業したが、流行っているのはもっぱら麻酔科医の香織さんが院長を務めるクリニックの方だ。俺の写真館は、開業以来閑古鳥が鳴いている。
「そんなこと言わないの。真也くんの撮る写真が素敵なのはあたしが一番よく知ってるし、じきに評判になるわよ」
「だといいんだけどなぁ」
俺は両サイドの車輪に視線を移す。大きな車輪がいやおうなしに視界に飛び込んでくる。
車椅子のカメラマンが経営する出張写真館。よりにもよって出張と銘打っている写真館。
前途多難なことはわかっていた。だが、俺はどうしても譲れなかった。お客様が最大限に輝く瞬間を、風景とセットにして撮りたい。だから俺はあえて困難な道を選んだ。
「大丈夫。真也くんは真也くんの才能を信じて」
香織さんが俺の頭をなでてくれる。そのまますがりつきたい俺だったが、水色のラパンが敷地内駐車場に滑り込んだのを認めた。プランターの贈り主であり、クリニックの看護師でもある高田晴美さんだ。
「香織さん。晴美さんが来たよ」
そっとささやくと、香織さんが俺のそばを離れた。そして車から出てきた晴美さんを振り返った。その表情はすでに俺の妻ではなくて、優秀な麻酔科医だった。
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