序章

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序章

その少女の日常は酷く単調なものだった。 「お前など産まれてこなければよかったのだ、この異端者が!」 毎日のように罵倒され、毎日のように体中に生傷が増えていく。その痛みが消えることはなく、その傷が消えることもない。ただただ繰り返される単純で単調で、残酷な日常。それがアリア・ミア・スカイラーの全てだった。 そんな少女の生活が一変したのは凡そ二年前のこと。突如として少女の前に現れたその男は少女を養子として正式に迎え入れる旨の話を少女の本家へ申し入れ、そして承認された。その時に祖父から少女に向けられた軽蔑と侮蔑の眼差し、告げられた言葉を少女は一言一句正確に記憶している。 「アリア・ミア・スカイラー。貴様をスカイラー家から永久追放する。金輪際スカイラー家の敷地へ足を踏み入れるな」 肉親から放たれたその心無い言葉を少女は真っ向から受け止めると、何も言わずに十二年間暮らした本家に背を向けた。そもそも少女は祖父のことなど血が繋がっているだけの赤の他人という認識でしかない。そしてそれは祖父も、少女の両親ですらも同じだっただろう。 帝国屈指の名門スカイラー家にとって、悪魔の生まれ変わりとされる異能力者はただ邪魔なだけの存在だったのだ。だが、だからこそ分からないことがある。少女を養子にした男の真意だ。 「どうして、私なの?」 異能力者など、世間から虐げられる存在でしかないのに。そう、言外に含ませたその問いに男は少しの間考え込みやがてポツリと呟いた。 「…似てるんだよ、少し前に死んだ娘に。だから、体中傷だらけのお前を見て見ぬふりはできなかった。それだけだ」 男の予想外の返答に少女は暫く黙り込み、短く独り言のように言った。 「…私で良いの?」 「それはお前が異能力者であることを踏まえた上での質問か?」 「…」 少女の無言を肯定と受け取った男は突然、脈絡のない話を始めた。 「俺の実家、ワイアット家は代々死霊術を極める家系でな。魔術師の家の中じゃ歴史も長いし、一応名門扱いになってる。けど死霊術は数ある魔術の中でも禁忌中の禁忌だ。そんな禁忌の術を学ぶワイアット家は異端者の集まりと何ら変わらない」 「…?」 小首を傾げ何を言いたいのか分からない様子の少女に男は笑って言った。 「同じ異端者同士なら仲良くできると思わないか?」 「…っ!」 その時を境に少女の、アリア・ミア・スカイラーの毎日は明確に変わり始めた。そして同時に思ったのだ。自分を地獄の底から救い出してくれたこの人になら己の全てを預けられると。 これが、始まり。家族の愛情を求めた少女と娘を亡くした男の共依存劇はこうして静かに幕を開けた。
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