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「あり、あ…?」
嗚咽混じりに絞り出された余りにか細いその声に、リアムの思考が凍り付く。
「…だめ、だ。アリア、駄目だ。そんなことしたら、お前が…」
理性が決壊しもう何も聞こえていない、見えていないアリアは取り出したナイフでただただ己の体を切り刻む。そしてリアムは気付いてしまった。先ほどのアリアの言葉。
『みんな、みんな、死んじゃえばいいんだ』
その『みんな』の中にはアリア自身さえ含まれていたことに、気付いてしまった。
「やめ、ろ。アリア、もういいよ。もう十分だ。だから」
自分の声が、届かない。止めてあげたいのに、動けない。被弾し傷付いたこの体では、一人で血を流すあの少女を抱き締めてあげることさえできない。己の無力さを呪い、リアムは唇を噛み締める。
だが、感傷に浸っている暇はない。此処は戦場なのだ。気を抜けば一瞬で殺される。それを改めて思い出し、リアムが振り返ったその瞬間。
「アルバート先輩!」
高く澄んだ女の声。先ほどアリアに銃口を向け、発砲した女が室内に何かを放り込んだ。
(何だ…?此処で投げてくる物…)
爆弾、閃光弾、発煙弾。数多の可能性が脳内を駆け巡る中、その物体は地面を転がり炸裂。室内に煙が充満する。咄嗟にリアムは口元を押さえ身を屈めた。
「ノエル、離脱だ!」
直後、アルバートが指示を飛ばし離脱準備に取りかかる。が、それを遮る声は唐突に響いた。
「…逃がさないから、絶対に…!」
憤怒で紅く染まった瞳でアリアが叫ぶ。そして次の瞬間には破砕音が響き渡りビル内に亀裂が走った。所々に付着したアリアの血液は小規模の爆発を引き起こし、劣化が進んでいたビルの崩壊を誘発する。足場が崩れ始めた感覚に総員の思考が凍り付いた。
「アリア、もうやめろ。これ以上は足場がもたない」
リアムは傷口を押さえて立ち上がるとアリアの隣に辿り着くまで足を動かし続ける。そして。
「…アリア、頑張ったな」
「…りあ、む?」
リアムはアリアの目の前で足を止めると地面に膝をつきゆっくりとその頭を撫でた。アリアが泣く度に、不安がる度にそうしていたように。大丈夫だと伝えるように、安心させるように。
「もう、大丈夫だ。だから、後少しだけ、二人で頑張ろう」
その言葉にアリアは瞳を見開き、そして笑った。
「…私はやっぱり、リアムがいないとダメみたい」
「それは俺も同じだよ」
リアムはアリアと手を繋ぎ、やはり笑って言った。
「出来る限り、この手は使いたくなかったんだけどな。まぁ仕方ないか、なぁアリア?」
「うん、仕方ないと思う」
そして二人は不敵に、不遜に、告げた。
「悪いが、勝たせて貰うぞ。文字通りどんな手を使ってでも、な」
「ご自分の罪を数えながら、地獄に落ちて下さいませ」
二人は絶対零度の瞳で、だが自信に満ちた瞳で、最後の挑発をした。
「…悪いが勝たせて貰う?それは此方の台詞だ。その体で何ができる。もう触媒にするための血すら、殆ど残っていないだろう」
その二対の瞳に気圧されながらもアルバートは何とか平静を保とうとする。それすらも無駄な行為だとは遂に気付くこともなく。
「血が残っていないから何だ?そんなもの、もう必要ない。全ての仕込みは今、この瞬間には既に終わってるんだからな」
そう、何もかもが遅いのだ。何をしたところで二人の勝利は揺るがない。何故ならば。
「後はもう、こうすればいいだけだ」
リアムはアリアと手を繋いだまま割れた窓から、飛び降りた。
「大丈夫だアリア。ちゃんと俺が下になる」
リアムは落下する直前に早口でアリアにそう伝え、宣言通り自分の体を下にした。アリアが自分の意図を的確に汲んでくれると信じて。その考えが伝わったのか、アリアは小声で、だが確実にリアムが言ってほしかった言葉を口にした。即ち。
「暴発せよ」と。
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