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アリアが呟いた一言によりビル内に付着したアリアの血液全てが暴発し、爆炎をあげる。二十階フロアだけの爆発なら比較的小規模なもので収まっただろう。それなら恐らく足場が崩壊する程度で済む。
だがアリアは狙撃を受けてから、小一時間延々と血を流し続けていた。故にビル内の至るところにアリアの血が付着している。それら全てが爆発すれば老朽化が進んだ脆いビルなど、あっさりと崩壊するのは自明の理だ。
事実、重力に従い落下していくリアムの瞳にはビルの崩壊が始まる様子が鮮明に映っていた。
(あれだけの量の血液があればまぁ、当然こうなるよな)
予想通りの展開にリアムは僅かに口角を上げ続いて魔術を行使すべく、口を開いた。
「…加護術式展開」
リアムが発動させた加護魔術により二人の体は重力に逆らいゆっくりと落下していく。通常の落下速度では如何に魔術師とはいえ即死する高さだが、魔術行使により速度を落とせば多少衝撃を緩和することができるだろう。それでも二十階から飛び降りるのはさすがに少々無理があった。
確かにリアムの魔術は衝撃を緩和したが、それだけだ。全くダメージがないわけではない。その証拠に、アスファルトの路面へ背中から落下したリアムは一瞬呼吸が止まり意識を手放しかけた。
暗転する視界で何とか酸素を確保したリアムはまずアリアの無事を、続いて自分の体に大きな異常がないことを確認する。
「…アリア、大丈夫か?怪我は?」
「…私は大丈夫。でも、リアムが…」
「俺は大丈夫だ。少ししたら回復するしお前が無事ならそれでいい」
ビルが崩壊した余波で粉塵が巻き上がり二人の視界を奪うなか、リアムはアリアを抱き上げた。
「血の使い過ぎでもう一人じゃ歩けないだろ。運んでやるから帰ろうアリア」
「…女王の方はいいの?」
「当初の目的は狙撃手の排除だったわけだし、向こうも文句はないだろ。今頃は無意味な対談でもやってるよ」
負傷したアリアを姫抱きにし帰路につきながら、リアムは苦笑した。
「…でも、私はこのまま全てが終わるとは思えないんだけど…あの家が此処まで大きく動いた以上、計画を途中で放り出すわけ…」
「そりゃそうだ。今も遂行できるはずのない暗殺計画がそこら中で練られているだろうな。まぁ心配しなくても今回の暗殺は失敗だ。今、向こうで行われている分も含めて、な」
「…今も?」
意味深なリアムの発言にアリアが小首を傾げるとリアムは笑って言った。
「此処に来る前、俺が彼奴に紙と薬渡したの覚えてるか?」
「…うん。結局あれ何だったの?」
狙撃手以外に構っている暇などなかったため遂に聞けなかったことをアリアはリアムに問う。
「薬の方は解毒剤。紙の方は護符だ。アリアの血を使って術式を編んだ。あれさえあれば大抵の攻撃は通らない。少なくとも銃弾くらいは防げるだろ。人の目がある中じゃ大々的な暗殺はできないしな」
「…此処まで全部、リアムの計算通り?」
自分には見えていなかったものまでリアムには見えていたのかという問いに、リアムは苦笑した。
「戦略を練るのも敵の思考を読むのも俺の得意分野だろ。敵がお前の生家なのは薄々気付いてた。そしてあの家が動く以上一回の暗殺に全て賭けるわけがない。まぁ俺が渡した解毒剤と護符に誰かが気付けば暗殺は見送っただろうな。そこまでする理由も今はないし」
「…」
「…アリア?」
返事がないことに機嫌を損ねてしまったかと一瞬焦ったリアムだったが、それは杞憂に終わった。極度の緊張状態から解放された反動か、アリアはリアムの腕の中で静かに寝息をたてていたからだ。
「…無理させてごめんな、アリア」
物憂げに、悲しげにそう呟いたリアムの声は夜の闇に吸い込まれて消えた。
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