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護猫
“フシャーッ!”
新居に入った直後であった。普段は怖がりで大人しい彼女の愛猫のシロが珍しく唸り声を上げながら威嚇を始めたのだ。
「あらら。シロちゃん、どうしたの?」
彼女は長時間狭いキャリーケースに閉じ込めていたせいで、ストレスが溜まっているのだと思ってすぐにケースの扉を開けてやった。しかしシロはケースの中で毛を逆立てたまま、丸まっていた。その様子は何かを警戒しているようであった。彼女はそんなシロの事を心配しつつも、引越しの荷解きを始めたのであった。
そして時間はあっと言う間に過ぎて、正午を迎えた。彼女は荷解きと片付けを一段択させて、昼食を食べていた。その時であった。彼女は何か違和感を感じて、背後を振り返った。そこは六畳ワンルームの部屋の片隅であったが、もちろん何も無い。
“グヴヴヴウゥ…!”
だが愛猫のシロも同じところを見て今まで聞いたことのない唸り声をあげていた。彼女はこうゆう事を特には気にしない質であった。だが、長年、連れ添って来たシロの事が彼女には気掛かりなのであった。
夕方、彼女は何とか大まかに引っ越しを終えた。クタクタに疲れていた彼女は、簡単に夕飯をすますと、ササッとシャワーを浴びて、くずに布団に入った。
目を閉じると、すぐに睡魔がやって来た。そして今にも眠りに落ちようかとなったその時であった。布団の左側、脇腹の辺りがゴソゴソと動いて何かが体に触れた。彼女はドキッとして、一気に目が覚めた。
“ウニャー…”
「何だ…。シロか…」
シロが首元まで登って来た。彼女はシロを強く抱き寄せた。シロは落ち着かない様子で震えていた。『いつもは一人でケージの中で寝るシロが、布団の中に潜り込んで来るなんて…』と彼女は不思議に思ったが、すぐにまた睡魔がやって来て、彼女はたちまち眠りに落ちてしまったのであった。
彼女がこの部屋に引っ越して来て一ヶ月が過ぎようとしていた。大学生活と慣れない新居での生活で、彼女はやや疲れていた。そして、この頃、彼女は毎晩決まって妙な夢を見ていた。見慣れない黒い服の女と白い女が殺し合いをしているとゆう夢だ。
彼女は身体を動かす事が出来ず、ベットの上から、ただただその様子を見守ることしかできない。二人は揉み合いながら部屋中を転げ回って一進一退に殺し合ってゆく。そんな二人の殺し合いは朝日で外が明るくなって来ると、黒い服の女が自然と消えて収まるのであった。その殺し合いが収まると、彼女は丁度、アラームに起こされるのだ。
彼女はその夢のせいで寝不足になるとか不眠になったりはしなかったが、いかんせん気持ちのいい夢ではない為、気にはしていた。だが、持ち前の明るさと気にしない性格のお陰で、普段通りのキャンパスライフを送っていたのだった。
だが、そんなある日の事であった。ここの所、少し痩せて、疲れ気味だったシロが脱走したのだ。彼女が大学に行く為にドアを開けた瞬間の出来事であった。彼女も油断していた訳では無かったし、そもそも怖がりな性格のシロは外に出たがったりしない子であったのにだ。
彼女は一日中シロを探し回った。だが、シロは見つからなかった。夜になって、彼女は仕方なく部屋に戻った。もちろん部屋にはシロは居ない。明るく、陽気な彼女であったが、流石に長年一緒にいて、兄弟のような存在のシロが居ないと食欲も無く、気が滅入っていた。
彼女はシロが帰って来るかもしれないと、玄関のドアをシロが通れるくらい開けて、布団に入った。もちろんチェーンロックは付けてだ。彼女は暫くは不安と心配で眠れなかったが、一日中シロを探して走り回って、疲れていたので、知らず知らずのうちに眠りに落ちていた。
どれくらいの時間が経ったのだろう。彼女は目を覚ました。だが、身体が動かない。あの夢のように…。彼女は恐怖を感じて声を出そうとしたが、声が出ない。そして声がした。
「ここは…私の部屋…。出ていかないから…56してあげる…」
彼女が声のする方に目をやると、そこには、あの夢の黒い服の女が満面の笑みを浮かべながら彼女に迫って来ていた。その時であった。
“フシャー‼︎”
あの白い女が黒い服の女に背後に飛びかかって、噛み付いた。白い身体は鮮血で染まっていた。白と黒い服の女は揉み合いながら、部屋の中で取っ組み合い、転げ回った。その様子は以前見た夢よりも激しく、互いは傷をおい、流血していた。
そして、外が少し明るくなった頃であった。
「もう…止めろ…‼︎私は…出て行く…!」
黒い服の女が悶えながら部屋から飛び出して行った。それでも白い女は黒い服の女の背中に食らい付いてゆく。
“ギャァー…‼︎”
“プププププッ…!”
彼女は今朝もアラームに起こされた。
「ゆ、夢…?」
彼女は部屋を見て驚愕した。机はひっくり返り棚からは全ての物が放り出ていた。彼女がその光景に呆然していると声が聞こえた。
“ニャ…ァ…”
彼女が部屋の隅に目をやるとシロがボロボロになってうずくまっていた。
「シロ…、あんた…」
彼女はシロを抱き上げて強く抱きしめた。シロは彼女の鼻をペロペロと二度舐めると息を引き取った。
「ありがとう、ありがとう…!」
彼女は何度も何度もシロにお礼を言いながら泣き続けた。
あの恐ろしい夜から半年が過ぎた。あの夜以来、彼女はあの夢を見ていない。その理由を彼女は良く分かっていた。そして彼女はこの日、新しい家族を部屋に迎えていた。
「さぁ、ここがアンタの新しい家よ」
彼女はそっとその黒い子猫を部屋に放した。子猫は落ち着かない様子であちらこちらをクンクンして、辺りをキョロキョロしていた。そしてベッドの下に潜り込んでしまった。
“ミャン…”
「あらら。まぁ、すぐ慣れるよ」
あの夜から半年が経って、ようやくシロを失った傷も癒え始めて来たこの日、彼女はこの黒い子猫を拾って来たのだ。
彼女は子猫用のミルクとトイレを準備してやったが、子猫はベッドの下から出てこようとはしない。仕方無く彼女は電気を消して、布団に入った。
その夜の事であった。彼女は久しぶりに夢を見ていた。その夢の中には、あの女が出て来ていた。女は這いつくばって、両手でしきりにベッドの下を探っていた。そして何か小さな黒いものを捕まえて、咥えると数回振り回して投げ飛ばしてしまった。
その女は真っ白で、頭には三角の白い耳が付いていた。白い女は満面の笑みを浮かべ自慢げに言った。
「ニャーン♪」終
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