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1.
「だから規則なんですよ」
オレはあくびを噛み殺しながら、目の前の女に説明してやった。
「期限切れの切符はお使いいただけないし、払い戻しもできません」
もう何回目だろう。
女はまだ納得していないように、 「でも……」 と顔を上げた。
高校生くらいか。
真面目そうな子だが、この寒い季節にこんな夜更けまで遊んでるんじゃな。どうせビッチだろう。
「でも、でも、お財布ひったくられて、これしかないんです。
お願いします、電車に乗せてください。お金はあとで払いますから……」
「規則ですから。期限切れの切符はお使いいただけないし、払い戻しもできません」
まったく。これだけ言ってもわからないとは、頭の悪い女だ。
オレは舌打ちしたいのをガマンして、丁寧に言った。
「お家の方に連絡して、お金を持ってきてもらうか迎えに来てもらうかしてください」
「ですから、カバンごととられちゃったので、携帯もなくて…… あの、お電話お借りできませんか?」
「無理ですね。規則なので」
規則とはいえ本当は、駅員の裁量でなんとかできる。
期限切れ切符の使用も、電話を貸すのも。
ただ、それをすると、いろいろと面倒なんだよな。
―― たとえば期限切れ切符の使用の場合は、まず到着駅の駅員にその旨を連絡をしなきゃならなくなる。相手がイヤミなヤツだったら最悪だ。
それから、イレギュラー案件として報告書を何枚か書かなきゃならない。
それですんなり通ればいいが、上が納得しなかったらまた説明に時間をとられるし、怒られるかもしれないし、最悪は不始末としてボーナス査定に響くかもしれない。
―― なんで忙しいオレが、楽しく遊んで暮らしてるビッチJKのためにそんな時間とリスクをとらなきゃならねーんだ。
こっちは薄給で朝から晩まで働く社畜だぞ。最終の列車を見送って宿舎に戻って即寝たら、朝5時には駅のシャッターをちゃんと開けなきゃ世間サマからバッシングの嵐確定の身なんだぞ。
そんでもって明日もテメーみたいなバカな客からクレーム受けつつ夜の10時まで勤務だぞ。
オレが心身削って働いてるおかげでテメーは毎日電車に乗れてるんだってこと、ちゃんとわかってんのか。
期限切れの切符は使えない。電鉄約款にも書いてあることだ。
毎日電車に乗ってるなら、約款くらいちゃんと読んどけよそして余計なクレームつけんなよボケが。
「お電話が必要なら、その辺の親切なお客さんからでも借りてください。それか交番か」
「でも、でも……」
女は泣きそうになって周りを見回した。
夜11時。都会ならともかく、こんなベッドタウンの中にある駅の改札付近に人影はない。
…… が、オレの知ったことじゃない。
若い女が困った顔してれば、男はみんな親切にしてくれるとでも思ったか。ぶーっ、ハズレ。
オレは今、そういう女がムカついてしょーがねーんだよ。残念だったな。
「とにかく、使える切符が無い以上は、こちらとしてはできることはありませんね。あーあと、駅は12時半には閉まりますんで。それまでには、構内から出てくださいね。
規則ですから」
「わかりました……」
女はトボトボと構内から出ていった。ふっ、ザマァ。
世の中甘く見てるバカに、正義の鉄槌だ。
―― そう、いったん効力を失ったものは、2度と復活しないんだよ。
期限切れの切符も。
オレが信じてた彼女も。
それが、世の中の規則ってやつなんだ。 ――
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