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2.
クリスマスも仕事。
正月も仕事。
彼女の夏休みも、当然、仕事。
学生時代から付き合ってきた彼女に、オレがフラれた原因は、明らかだった ――
「あなたをバカにするわけじゃないけど、寂しいのよ。フツウに。
ずっとこうだなんて、耐えられない」
忙しくても眠くても、連絡だけはマメに入れていた。
愚痴も聞いたし、相談にもできる限り乗った。
なのに、クリスマスだとか正月だとかの世間の決めたイベントに従えないだけで、フラれた …… いや、それだけじゃない。
彼女はこんなことも言ってた。
「駅員の給料って、そんなに上がらないんでしょ? あたし、子どもが生まれたら自分の手で育てたいのよね。
いつまで待っても専業主婦できない給料の男性とは、結婚できないから。じゃね」
バカにしてるじゃねーか、完全に。
―― とにかく。
オレは思い知ったんだ。
―― 世の中は、規則を振りかざす者が勝つ ――
「どうしても、家に帰りたいんです」
「規則ですから、できません」
「でも、この切符は、ちゃんとお金を出して買ったんです」
「はい。ですが規則ですから」
今日も、オレの勤務時間の終わりを見計らったみたいに、女はやってきた。これで3日目。嫌がらせかよ。
2日目からは、着ていた服に泥がついて、ところどころ破れている。
―― ビッチJK、どこかで 『神様』 にでも拾われてるんだろうと思ってたんだが…… どうやらかなりヒドい男だったようだな。
切符代どころか電話すら使わせてもらえず、派手に暴力ふるわれたってところか。ザマァww
「お願いします。電車に乗せてください」
「ですから、どうにもできません。規則ですから」
本当に頭の悪い女だ。
オレは折れたりしないぞ。そもそも駅員に頼めばなんとかなると思ってるのが、間違いなんだ。
「期限切れの切符は決して復活できないんですよ。嘘だと思うなら、電鉄約款を確認してみてください」
「いえ…… すみませんでした……」
そーだよ。
諦めてさっさとその辺の客に携帯電話借りるか、交番に行くか、今夜の 『神様』 を探しに行けばいーんだよ。
トボトボと暗い夜道を歩いていく背中を見送ったあと、オレは同僚と引き継ぎをした。
規則のおかげで、すべてスムーズだ。帰宅があの女のせいで10時を15分まわってしまったこと以外は。
少しイライラするが、まあいい。忘れよう。
明日は、久々の休日なんだから。
…… といっても、特にすることもなくダラダラと過ごすだけだが。
―― 彼女がいた頃は、休みだと知らせると、ほとんど必ずといっていいほど、都合をつけて家にきてくれた。
彼女に掃除してもらって、彼女が作ってくれた料理を食べて、何回もセックスしてゆっくり過ごすのが、オレの唯一の楽しみだった。
だけど、今は昼まで寝て、カップ麺をすすって掃除して買い物に行って、またカップ麺をすすって1日が過ぎてしまう。
まぁ、仕事がないだけマシだよな……
今夜は、エロ動画鑑賞でもして寝よう。
オレは帰り道をトボトボと歩く。
さっきの女の背中を思い出した。オレも今、同じような感じなんだろう。
…… けど、あの女のがオレよりマシだよな。
あの女は、そのうち本当に親切なオッサンにでも拾われて、家と連絡がついて迎えにきてもらえて、親の作ったメシ食って自由に過ごせて。
何よりまだ、未来があるんだ。
ほかのバカなクレーマー客どもだって、そうだ。あいつらがどんな目に遭ってたって、オレのほうがあいつらの何倍も可哀想なんだ。
世間から叩かれないようビクビクしながら、身を削って時間厳守して。
朝から晩まで、駅から自由にどこかに旅立って行く客たちを、どこにも行けないまま見送って。
―― オレの人生そうやって過ぎていくしかないんだよ。
ひとりマジメにコツコツ働いてるひたすら社畜なオレに、どこにでも行けるリア充自由人どもが面倒かけてんじゃねーわ。
自業自得のミスくらい、自分でなんとかしやがれ。
「あっ……」
住んでる独身用マンションの明かりが近づいてきたとき、オレは思わず声をあげた。
エントランスの前にたたずむ、ベージュのロングコート…… 別れたはずの、彼女だ。
「明日、休みなんですよね」
付き合ってた頃みたいに、スーパーの袋をぶらさげた手を彼女はちょっと持上げてみせた。
―― 口調がなんだか他人行儀なのは、テれかくし…… なんだろうか。
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