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3.
勝手な理由でオレをフった彼女が戻ってきた…… けど、 「もう一度付き合ってください」 と頼み込まれても、もう遅い。とっとと去れ、このビッチクソ女が。 …… とかいうのは、ラノベの中での話だ。
「どうした? 新しいオトコと何かあったのか?」
現実のオレは、こう言うのが精一杯。
彼女がまた戻ってきた…… そう思うと、心臓のあたりがニヤニヤ笑いだしたくなってくる。
―― いったん切れたものは、復活なんてしない。
それが世の中の規則だと諦めてきたが、もしかしたら……
オレが優しくしてやれば、彼女との関係はまた、復活するんじゃないか?
オンナは優しくしてもらうのが好き。これもまた、世の中の規則だよな。
「同棲してたんだろ? ケンカか? 浮気でもされたか?」
「えっ…… そうなんですか」
彼女は一瞬、戸惑ったような顔をして、それから慌てたような早口を繰り出した。
「そ、そうそう! ケンカしたんですよ、ケンカ。それで、たまには田中さんにご飯作ってあげようと思いまして」
おいおい、名字呼びかよ。
口調もやたら丁寧なままだし、調子狂うわ。
―― でも、そこツッコんでキゲン悪くされてもイヤだよな。
「まじ? 正直いって、ありがてーわ」
「ふふっ…… なら、良かったです」
あれ。
こいつ、 『ふふっ』 なんて笑いかたしてたっけ?
…… ま、いっか。
「じゃあ行こうぜ。泊まってけるんだろ?」
「あっ、はい」
オレはエントランスのロックを解除し、彼女を中に入れた。
―― そういえば彼女にはここの暗証番号は教えてあったはずなんだが…… 入って待ってれば、良かったのに。
…… そうか。忘れてたんだな、きっと。
「お邪魔します」
他人行儀なあいさつでオレの部屋に入った彼女は、まるで初めてみたいにキョロキョロあたりを見回していた。
「コート、どこに掛けたらいいですか?」
「前と同じに好きにしろよ。クローゼットはやめたほうがいいけどな。相変わらずカオスだから」
オレはソファにどかっと腰かけた。
「おい、コーヒーいれてよ」
「えっ…… あっ、はい」
前は何も言わなくてもすぐ、コーヒーいれてくれていたのに…… いったいどうしたっていうんだろう。
キッチンをゴソゴソ探る音がして、やがて香ばしいコーヒーの匂いが漂ってきた。
どうぞ、と差し出されたカップを受け取る。
「で? 今日は何作ってくれんの?」
「あっ、その、カレーにしようかと……」
「えー! その材料なら肉じゃがだって前から言ってんだろ!? オマエ、本当にオレのこと全部忘れてんだな?」
オンナのオトコに関する記憶は上書き保存。そう、どこかで聞いたことがあるが、まさにそれだ。
「いえ…… すみませんでした……」
「わかればいいんだよ。オレ、オマエの肉じゃが大好きだから」
「ふふふっ…… でも、あの、肉じゃが作ったことな…… 作り方がわからないので、携帯貸してもらっていいですか?」
「えっ……? オマエ、得意料理だったろ?」
「…… あ、その。ずっと作ってなくて……」
「うっそ。新しいオトコ、肉じゃがキライなの? もったいねー…… ああそう、携帯だよな。貸してもいいけど、オマエのは?」
「忘れてきました」
「しゃーねーな。ほれ」
オレは彼女にスマートフォンを渡し、テレビをつけた。彼女がいるときにはさすがにエロ動画鑑賞はおあずけだが、そのかわり、今夜は…… 想像すると、ほおが勝手にゆるんできてしまう。
キッチンからは、野菜を切る音と彼女の声が聞こえてくる。
「お仕事、相変わらず大変なんでしょう、田中さん」
「ああ。毎日毎日、バカなクレーマー客ばっかりでウンザリするぜ。誰のおかげで時間どおりに電車乗れてると思ってんだか。最近はな……」
オレは彼女に、ここのとこ毎日のように夜中に現れる、ビッチJKぽい女のことをぶちまけた。
彼女は黙って聞いてくれる。
「…… ほんとによー。規則は規則なんだよ。わかってねーよな。
どんだけ言っても、毎晩毎晩。しつけーんだよ。アタマおかしいわ」
「でも、それって、どうしようもない事情があるんじゃ…… おうちの方も心配してるでしょうし、乗せてあげたら」
イラッとした。
オレがグチ言ってるんだから、黙って同調してくれればいいのによ。どっちの味方なわけ。
「ないないない。本当にどうしようもない事情ってなら、ともかくな。
遊んでるクソ客のために規則を曲げるワケにはいかないね。それで、オレの仕事がどんだけ増えると思ってるわけ。
そんなことも考えられねーなんて、まじクソだよな」
「ふうん……」
肉じゃがができた。
ほかほかたつ湯気と、しょうゆと砂糖の煮える匂い…… レシピどおりなのか? 前とは少し味が違うが、久しぶりで感動する。
オレは心の底から彼女をほめ、お代わりもして全部食べた。
彼女が後片付けしている音を聞きながらテレビを見ていたら眠くなってきた。
しまったな。今夜は彼女とゆっくりセックスしてやろうと思ってたのに…… まぁ、明日でもいいか。
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