白百合 守ル

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白百合 守ル

それからも白百合はその匂やかな姿を誇ったまま、碓氷家の花であり続けた。 女学校でもその優秀さで知られていた小百合の家事の腕前は、少しも衰えていない。 割烹や裁縫の科目はもれなく落第点の(てい)である矯子が手助けをする余地なぞ無かったし、元よりそうするつもりもない。 それまで視線を逸らしてきた小百合の姿が、いつからか目に入って仕方ない。 小百合の姿を自分から目で追っていると気づいた時には、我知らず真っ赤になってしまった。 白百合様のお取り巻きの連中を一人残らず軽侮(けいぶ)してきた自分が、何という事だろう。 恥を知れ、碓氷矯子。 そう自分を戒めつつ―――小百合に対する自分の敵意が和らいでいくのを、矯子は感じ取っていた。 「飽きないわね。あなたも」 朝から熱を出して学校を欠席した矯子に、小百合は相も変わらず付ききりで看病をしてくれる。 今も、汗ばんだ矯子の体を水で絞った手拭いで清めてくれているところだ。 「子の介抱をするのは、母として当然の務めですわ。さあ、もう少し腕を上げてくださいな」 矯子は言われるがまま、ベッドの上で体を動かす。 ひんやりと湿った手拭いが腋下(えきか)を滑っていく感触が心地良い。 以前ならば、彼女の前に肌を晒すなんて真似は死んでもできなかった筈なのに。 小百合の手は丁寧に、矯子の骨張った体をなぞっていく。 女中の義務的な手つきとは異なり、矯子の日に当たらず青白い肌を(いつく)しむ様に、優しく。 使い終わった手拭いをベッドの脇に置いた(たらい)に浸し、小百合は矯子の上にその体を屈める。 大理石で作られた様に、小百合の滑らかでひんやりとした額が自身のそれに重ねられた時、矯子は「あ」と声を上げそうになる。 全身の血が小百合の肌と触れあう場所に集まってくるのを感じ、呼吸を止めた。 少しも離れていない場所に、小百合の顔が、唇が、吐息がある。 矯子がぎゅっと目をつぶろうとすると、小百合は額を離す。 「まだ、お熱があるみたい。もう少しお熱が下がったら、お風呂を()きましょうね。お(ぐし)も、わたくしが洗って差し上げます」 どぎまぎする矯子の気持ちもつゆと知らぬ、小百合の微笑み。 それが、余計に矯子の胸の高鳴りを掻き立てる。 魔女の(まじな)いか、聖母の奇蹟(きせき)か。 いずれにせよ、小百合に対する言い知れぬ感情は、この瞬間も刻一刻と(つの)っていく一方であった。 自分ではどうにもならない病める体が、子供の頃から(うと)ましかった。 けれど―――身ばかりでなく、自分の心も今の矯子にはどうする事もできない。
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