白百合 守ル

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叔母は面白くないと言わんばかりに首を振り、再びソファに身を沈める。 「小百合さんに、どういったご用件があっていらっしゃいましたの。叔母様」 ここに来て、ようやく口を開く事ができた。 声が震えそうになるのを、必死にこらえる。 足元が定まらず、立ちすくむ。 小百合を叔母から守ろうとやってきた自分が、何と情けない事か。 ふがいなさに、唇を噛み締める。 「近くまで来たものだから、兄さんの後妻になるっていう伯爵令嬢の顔を拝んでおこうと思ったのよ。まだ十六の小娘だとは聞いていたけれど、流石は華族様ね。平民には無い、生まれついての高貴さがおありだこと」 小百合は自分を値踏む如き視線や言葉の数々を恥じるでもなく、まっすぐに背を伸ばしている。 その毅然とした(たたず)まいに、矯子も彼女の貴族としての気品を認めない訳にはいかなかった。 「あのひ弱な嫁が死んでから、周りに何を言われようと後妻を迎えなかった兄さんが選んだのが、よりにもよって娘ほど年の離れた華族令嬢だなんてねえ。伯爵家の内情も、ずいぶん耳に入ってきますよ。昔の栄華も今やいずこ、貧乏貴族も良いところだと。ご両親も、家を守る為に我が子を兄への人身御供(ひとみごくう)に差し出したのでしょう?」 小百合の指先が(ふところ)の中から銀の十字架(ロザリオ)を取り出し、固く握り締める。 「神がお与えくださる運命(さだめ)を、わたくしは喜んで受け取りましょう。神の御前(みまえ)で結ぶ結婚の契りを破る事は許されません。わたくしはお兄様の妻として、矯子さんの母としての生を全うするつもりですわ」 誓いを立てる様に、厳かにも凜とした声音で小百合は言霊を紡ぐ。 神の奇蹟(きせき)を見せられた如く、言葉にできない思いが矯子の心を揺さぶった。 さても気高き白百合の姿よ! かくまでに高潔な麗しさを(もっ)て咲き誇る一輪の花を、一体誰が手折(たお)れるというのだろう。 「まあ、ご立派だこと」 叔母はふんと鼻を鳴らして、小百合を忌々しげに()めつける。 彼女が真実そう思っていないのは明らかだった。 「ご大層な事を言っていたって、所詮は金目当ての嫁入りだって事は東京中に知れ渡っているわ。その綺麗な顔の下に隠された本性が、いつあらわになるか見物ね」 小百合を馬鹿にしきった叔母の態度に、矯子はとうとう我慢がならなくなった。 「小百合さんを侮辱するのはおやめください、叔母様!小百合さんはお父様の妻として、あたしの継母として、この家の事を何から何までやってくださいますわ。叔母様が想像なさる様な狡猾(こうかつ)な方などでは、決してありません」 少し前の矯子ならば、こんな風に小百合を庇う事など思いも寄らなかっただろう。 魔女(リリス)の幻惑であろうと、聖母(マリア)の慈しみであろうと。 その身を捧げて自分に尽くしてくれる相手をないがしろにされて、黙っていられるものか。
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