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小百合は冷たい水で絞ったタオルを矯子の額に載せたり、吸い飲みで水を飲ませたりと、ナイチンゲールさながらの看護ぶりを見せた。
「女中がいるのだから、わざわざ看護婦の様な真似をしなくても、良くてよ」
「そんな訳には参りませんわ。わたくし、矯子さんが苦しんでいらっしゃるのを、見てみぬ振りはとても出来ませんもの」
矯子が熱の合間から喘ぎ喘ぎ不満を漏らせど、小百合はどこまでもにこやかにそう言ってのけるのだった。
拍子抜けのする小百合の捉えどころの無さに、矯子は呆れて寝返りを打った。
世間知らずのお嬢様かと思いきや、どこか強かな一面もある。
本当に、訳の分からない少女だ。
子供の頃から、矯子は一週間と続けて学校に通えたためしが無かった。
学校から帰るなり熱を出して寝込めばまだ良い方で、午後の授業を受ける前に変調をきたして早退けする事もしばしばであった。
学校を休みがちである事やこの気難しい性格もあって、矯子に友らしい友ができる筈も無い。
熱に浮かされながら、一人ベッドの中で天井を睨んで時が過ぎるのを待つばかり―――それが矯子の変わらぬ少女時代の全てであった。
だが、その日々は小百合という少女の存在により、俄に変わろうとしていた。
「さあ、お口をお開けになって」
目の前に差し出された牛乳粥のスプーンに、矯子は気疎く目をやった。
「赤ん坊じゃあるまいし、一人で食べられるわよ」
「まあ、そんな事を仰って。お気になさらず、召し上がってくださいな」
小百合は銀のスプーンを手にしたまま、婉然と微笑んでいる。
矯子が首を縦に振らない限り、彼女はこうして彫像の天使の様に佇んでいるのだろう。
矯子は渋々口を開け、スプーンを頬張った。
やさしい甘さのある粥を咀嚼して飲み込めば、じんわりと心地よい滋養を矯子の身に染み渡らせて、喉を滑り落ちていく。
「……美味しい」
「良かった。矯子さんのお口に合わなければどうしようと、わたくし案じられてなりませんでしたわ」
小百合は少女らしい無邪気な微笑を浮かべ、胸を撫でおろす。
偽善の蔭なぞは少しも感じさせぬ、晴れやかな笑みであった。
矯子は自分がその笑みに見入っていた事に気が付くと、慌てて小百合から目を逸らす。
燃える様な頬の熱さも、意思とは裏腹に高鳴る鼓動も、全て熱のせいだと自身に言い聞かせて。
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