133人が本棚に入れています
本棚に追加
後藤の声音は、吐き捨てる様な荒々しい口調とは似ても似つかなかった。
かすれていて弱々しくすらあった。
そして何よりも、言葉の通りに甘やかだ。
――まるで飲んだばかりの『雨夜の星』の味わいそのままだった。
後藤は手酌でなみなみと注いだ杯を再び干す。
すかさずエドへと口付け、口移しをした。
後藤から三度飲まされた『雨夜の星』はやはり甘くて濃いと、エドには感じられた。
もとより、華やかな香りとまろやかな口当たりとが身上の純米吟醸酒だ。
それ以上に、――まるで甘露そのものの様にエドは存分に味わう。
「美味しいです・・・・・・」
ウットリと感想を述べるエドの声自体がもう既に、甘露と同じくらいに蕩け切っている。
それを聞いたからだけではないのだろう。
後藤が応じる声も又、エドのと負けず劣らず熱い潤いをまとっていた。
「人肌で燗付けしたからな」
まるっきり下手だが、あえて冗談ごかして言う自分が後藤は信じられなかった。
全く他人のダジャレを聞く様な心持ちだった。
胸の内だけで密やかにつぶやく。
このおれが好んで冗談を口にするなんて、まさに「きわめて稀にしか見られないこと」だな――。
けして『雨夜の星』を飲んだからではないのは、後藤にも分かり切っていた。
最初のコメントを投稿しよう!