チャーリーと後ろの眼

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 その時僕は、自分の名前をうっかり打ち間違えた葉書を数枚作ってしまったのだった。つまり、自分の名前を自分で“設楽知明”と打ちこんでしまったのである。やらかしたのは五枚分。五枚、ポストに投函してしまったあとで失敗に気づいた。時間がなくて、完成した端からポストに入れにいっていたのがアダとなった形である。――まあ、全部まとめてミスったわけではなかったのが唯一の僥倖だったわけだが。 「智君がさ、自分の名前間違えて送っちゃったの、五枚くらいだったよね?」 「う、うん。僕の両親とこと、姉貴のところと、胡桃の実家と胡桃の弟さんの桃汰さんのところ……あと、江島(えじま)先輩のところ」 「だよ、ね」  胡桃が何を言いたいのか、わかってしまった。  つまりこのおかしなハガキの主は。去年送られてきた年賀状を見ながら僕の名前を書いたせいで、僕の名前を書き間違えた可能性が高いのではないか、ということ。  そう考えると、送り主は間違えた名前で送った五組の家のどれかしかない。が、そもそもそのうちの四組は親戚だ。こんな意味不明な葉書を送ってくる意味がない。  つまり、大学時代サークル活動でお世話になった、元吹奏楽部部長の江島先輩の家、くらいしか。 「でも、なんで江島先輩が?」  僕が尋ねると、胡桃はジト目になって言った。 「江島先輩が問題なんじゃないの。ていうか、忘れたの?江島先輩の奥さんって、あんたの元カノでしょが」 「あ、そうでした……って、まままままま待って!ぼ、僕もう彼女とは関係ないから!浮気なんかしてないから!!」 「ハイハイ、そんな甲斐性ないことわかってるから、疑ってないよ。でもね」  彼女は葉書をひっくり返す。虎の絵をじっと見て、何故か臭いを嗅ぎ始めた。そして。 「……やっぱり。うっわ、きもい。……あのさ、智君はそのつもりなくても、あっちはそうじゃなかったのかもよ。智君、ちょっと夜道に気を付けた方がいいかも」  胡桃はその葉書を、気持ち悪いと言いながらテーブルの端に寄せた。 「あの、虎の絵の口部分から、血の臭いがすんの。……住所も書かないで自分の手で葉書を投函したのも、名前を書き間違えたのも多分わざとだ。向こうは、自分の存在に智君が気づいてくれるかどうか試したんだと思う。……それだけの手間をかけてでも、智君を手に入れてやろうっていう、そういう予告状かもしれない」  言葉も、出なかった。僕は背筋に冷たいものを感じながら、彼女が端に避けた“年賀状”を見る。にこやかに笑う、ラキガキのようなトラに。妙な空恐ろしさを感じてしまう。  ああ、確かに、メッセージとしては充分だったのかもしれないと気づいた。  だって、ハガキには確かに書いてあるではないか。 『あけましておめでとうございます!  今年もよろしくお願いします』  と。
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