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呼吸
綿貫はプールで女子高生の絢を見ていた。
絢はすたすた走りプールに飛び込む。絢は水の中で美しく人魚のように泳ぐ。ザバッと水から顔を出すと綿貫に「死ぬ前にセックスしよっか?」と言った。「いいのか?」綿貫は言った。「いいよ」絢は真面目な顔で答える。綿貫もプールに飛び込む。
美しいとは言い難い。だが心地好い。水の中をすーっと綿貫の側に来ると唇をふさがれた。そのままキスしながら、水上へ向かう。ぶくぶくと泡が出る。水から顔を出す。濃厚なキスをする。綿貫と絢。
病院。綿貫は余命2か月の宣告を受けた。
その隣にどがっと座ったのが絢だった。
「死にそうな顔」
絢は綿貫を見て言った。
「余命2ヶ月だ」
綿貫は言った。
「そっか、私は辻井絢、女子高生、2ヶ月女子高生と過ごそうか?」
絢は言った。
「それは楽しいのか?」
綿貫は言った。
「あんたの名前は?」
絢はまるで聞いてないようだ。
「綿貫直斗、おっさん」
綿貫は言った。そしてプールに連れていかれた。
プールから濡れたま近くのラブホテルに入る。綿貫直斗と辻井絢は別々にシャワーを浴びた。
「本気か?」
綿貫は聞いた。
「いいよ、したいようにして」
辻井絢は顔を真っ赤にして言った。
「だよね、おっさんが女子高生と、例え合意の上でも悪かった気がする」
綿貫直斗は言った。直斗は絢のバスローブを外した。裸体が顕になる。美しく多少小ぶりな胸も可愛い。顔は美人でさぞモテるように思える。
綿貫直斗は煙草を咥えた。やめていたが吸ってしまおう。どうせあと2ヶ月だ。
「煙草やめなよ」
辻井絢は言った。バスローブを着ていても綺麗だ。
「一度やめてたよ」
綿貫直斗は言った。
辻井絢は沈黙した。あと少しの時間を好きに過ごしたい、煙草を吸いたいなら吸えばいい、セックスしたければ私がいる、という気持ちなのだろう。
「女子高生とセックスは犯罪だな、俺は犯罪者だ」
綿貫直斗は言った。
「二人の秘密」
辻井絢は言った。
二人は寄り添い温かい沈黙に包まれて眠りについた。
ステージでは素人がライブをしている。その曲に合わせて踊る客たち。客たちの中に綿貫直斗と辻井絢もいる。見守るバーのカウンターに移動する二人。女子高生にはとても見えない大人びた美しい辻井絢と余命2ヶ月の自暴自棄になっている綿貫直斗はカクテルを飲み話をしている。余命2ヶ月と宣告されてから1ヶ月過ぎていた。
綿貫直斗はトイレで吐きながらうずくまっている。苦しみは容赦ない。
二日ぶりに会った辻井絢は綿貫直斗を見ると顔をしかめた。
「顔色悪いね」
辻井絢は言った。綿貫直斗は何も言えない。
「交通事故で突然死ぬのと病気で苦しんで死ぬのとどっちが楽かな」
綿貫直斗は言った。
「ダメだよ、私が生きてるんだから直斗も生きなきゃ許さない」
辻井絢は綿貫直斗を睨む。
人は死ぬ。例外なしに。早いか遅いか。
その夜、綿貫直斗と辻井絢はセックスをしたが途中でトイレに駆け込んだ。吐きながらうずくまって苦しみに耐える。セックスもまともに出来ない男になってしまった。終わりが近いのを感じずにはいられない。
天井を見ると天井が遠くに見える。
「苦しいの?」
辻井絢はトイレの外で心配そうな声をあげている。
今すぐ死なせてくれ、この苦しみから解放してくれ。綿貫直斗はそう思いながら泣いた。涙が流れ落ちる。
否、死にたくない。
何故自分なのだ?
綿貫直斗は号泣していた。
長い時間。
長い間。
苦しみを吐き出して。
生きていた。
呼吸をしている。
まだ呼吸をしている。
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