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裏道から本通に戻り、元の待ち合わせ場所へと歩き出す。
一時間も待たされているのに、足取りはやけに軽かった。
「おぉ、こっちこっち!お待たせ!だいぶ待ったよな?」
「そうだな。きっかり一時間」
「悪かった!いきなり残業頼まれちゃってさ。お詫びに今日の飯、俺が奢るから」
待ち合わせ場所で合流した友人は、申し訳なさそうに何度も謝ってきた。
が、謝る必要なんて、ない。
今回に限っては。
「いや、いいよ」
「え、いいの?」
「むしろ、奢りたい気分。奢らないけど」
こいつが遅れてこなければ、あのカフェに立ち寄ることは絶対になかった。
あの人に、出会うことはなかった。
「は?奢りたい気分って、何だよそれ」
「お前に感謝してるってことだよ。ほら、飯行くぞ」
俺はこの日、友人を前に普段より饒舌だったと思う。
高揚する気持ちを、隠しきれなかったのだ。
あの人のことを、俺はまだ何も知らない。
今の段階では、まだ何も。
唯一知っていると言えるものは、彼女が淹れたコーヒーの味だけ。
今はただ、それだけ。
でも、たったそれだけでも、知れて良かったと本気で思った。
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