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1・ オレはちっさい男なのか!?
高校からの親友、林が父親になった。
子供が生まれたというのではない。
多分、奴には子供は無理だろう。
なにしろ、オレという大の男が息子になったのだから。
つまりオレの母親が林姓になったのだ。
父と離婚して、実家は母方の祖父の持ち家だったから住む所には困らなかった。優しくて流されやすい、いわゆる良い人を具現化したような人。いずれ再婚するべきだと思っていた。いっそ上司に頼んで誰か紹介してもらおうと考えていた矢先、林から電話がかかってきた。
「な、今日ヒマ?」
「あー? なんか用か」
首を傾け、スマホを耳と肩で挟んで聞いてみる。リビングで洗濯物を畳んでいる最中だった。新妻は悪阻がひどくて実今日は妻の実家で世話になっている。デキ婚じゃない。ハネムーンから帰ってきてすぐに妊娠が判明した。そういえばハワイにいる間具合が悪そうにしていた。
電話口で林が口籠もった。
「なんだよー」
「いや、久々に会えたらなって思ってさ。でも、奥さん大丈夫かな……と」
「あ、ウチの心配してくれてんの?」
相変わらず顔がいいくせに気が回る男だ。
と、いうのも、顔がいい奴っていうのはチヤホヤされるのに慣れていて気配り上手な印象がない。
気配り上手でなくても、気配りしようって心構えが垣間見えるならそれでいいのだが。
これまでの経験で、顔のいい男も女も、やってもらうのが当たり前な方が多かった気がする。いや、顔云々で決めつけるのは間違いかもしれない。人と接するのが仕事の営業をしている同僚の中にも、つい「お前なぁ!」とツッコみたくなる輩はいる、と思い直した。
そういう同僚どもに林の爪の垢を飲ませてやりたい。
奴らといったら、仕事の電話でもまずは自分の要件から話し始めるのだ。電話の向こうにいる人間が今どうしているか、なんて気遣いしやしないのだ。
「ヨメは今日は実家に顔出すって言ってたから、いーよ、夕飯がてら『田中』で呑もうぜ」
『田中』、というのは廣木お気に入りの居酒屋で、串揚げがメインの店だった。揚げたてのアスパラガスのフライで舌を火傷したのをビールを流し込んで冷やしているうち、昔、林から借りっぱなしになっていたDVDの話題になった。久しぶりに見たいから返してほしいと言われて、あれはどこに置いたっけな……と記憶を掘り起こす。
「あー、あれ、多分まだ実家だわ」
林が腰の辺りで拳を握り締めると、ぐいっと顔を寄せてきた。
「じゃ、これから行こう。電話しろよ」
「嫁に?」
と聞き返したのは、廣木に、実家に行くのにわざわざ連絡するというアタマがなかったからである。
(パート以外、どこかへ行く用事もなければ洒落っ気もない……)母だから、行けば家にいるのが当たり前と思っている。
「ばか。お前の親に、だよ。急に行くんだからさ、連絡くらいしとけって」
やけに急かしてくる。
(そうか、今から行くのか)
と、なんとなく納得しつつ、家に行くのに連絡しなかちゃならないのか)という面倒くささの間でもたもたしているうちに、さっさと席から立った林が会計まで済ませていた。
「悪りぃ。いくら?」
割り勘のつもりでたずねると、「いいよ」とかえってきた。
機嫌がいい。
自分にも店員にも王子様スマイルを惜しげなく振りまいている。
林は、一見どんな人間にも当たり柔らかいように見えて、我が強いというか、人を選り好みするのを知っているから、今日イチのこの笑顔にはたまげた。
そういえばやけに洒落込んでるしなー。
いきなりビデオを返せっていうのは、女か? 女が見たいって言ってるのか?
……いや、あれAVじゃん。
不思議なもので、借りたビデオのパッケージで微妙な微笑みを浮かべるAV女優の顔をはっきり思い出せた。美尻がウリだったなぁ、などと思い返す。
いまさらお世話になる程愛着はないのだか。
だからこそ、林もこれまで返せと言わなかったのだろうし、自分も新居に持っていこうと考えもしなかったのだ。
なんだかなー。
急かされるまま、林を連れて実家に行く。
ドアチャイムも鳴らさず玄関を開ける。
きっと母は玄関で待っているだろうという予想通り、上がり框で待ち構えていた。
すると突然、廣木を押しのける勢いで前に出た林が三和土にひざまづいた。
せっかくめかし込んだ服が台無しじゃないか。
と、廣木は林のことを立たせてやろうとしたのだが、林が懐から取り出した紺の小箱にフリーズしてしまった。
その中には当たり前のように、白銀色の指輪が鎮座していて。
まぁ、そんなこんなであれよあれやと廣木の母と林は結婚してしまい。
廣木は親友の息子になったのだった。
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