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玲奈は押しに弱い。ぐいぐい押されると、なんとなくそんな気になってしまうところがあった。だからこそ、佳奈は口を酸っぱくして注意してきたのに、いつのまにか押し切られて結婚してしまった。
「ねえ、浮気と不倫の違いってなに?」
「うーん、グーグル先生にきいてみよう」
そういって、佳奈は検索をはじめた。
「おお、すぐに出てきた。みんな検索してるんだね」
浮気。既婚者、恋人がほかの人に恋愛感情を持った場合。肉体関係がなくても浮気という。
不倫。既婚者が肉体関係を持った場合。
「なるほどねぇ。じゃあ、恋愛感情がなくても肉体関係を持ったら不倫になるわけだ」
玲奈がぼそりといった。
「でも、陽介の場合はなかよくデートしてるわけだから、恋愛感情があるってことよね」
「わたしはそこで、うんとはいえないよ」
佳奈がいった。
「自分でいって腹立つわ。あのへらへらした顔をバットでフルスィングしてやりてぇ。だいたいなんなの、この女! こんなのが好きなのなら、わたしと結婚しなければよかったじゃない。わたしにも親にもあんなに頭下げて、銀行も辞めさせて連れてきたくせに!」
「まあ、タイプは真逆よね」
佳奈はポリポリとナッツをかじりながらいった。
「玲奈は背は高いし、かわいいというより、きりっとしたきれいなタイプだし」
「足は二十四.五センチだしね」
「自虐しないの。玲奈だって大学のとき人気あったじゃない」
「そう? そんな気はぜんぜんしないけど」
彼氏はいたけれど、ひんぱんに声をかけられた気はしない。
「ああ、高嶺の花的な? みんな遠巻きに見てたかな」
「はあ?」
「なんとなくその辺の男じゃ太刀打ちできない感じがするのよ」
「ラスボスですか、中ボスですか」
「ラスボス一個前の中ボスくらい? 実際、歴代の彼氏だって、イケメンぞろいだったでしょ」
「三人しかいませんけどね」
「だんなも急に転勤が決まって焦ったんじゃない。手放したくないと」
「それで、懇願して連れてきてみたら、やっぱりタイプが違いました? はいはい、どうせわたしはかわいくないですよ。だんなの手を踏む女ですからね」
だいたいこの女と、どこでどうやって知り合ったのかわからない。興信所の調査でもわからなかった。なぜつき合うことになったのかも謎のままだ。陽介が口説いたのか、相手の女がいい寄ったのか。
まったくわからない。
それまで、ふつうに仲よく新婚生活を送っていたはずだった。表参道を手をつないで歩いていたのは玲奈だった。しゃれたレストランにディナーにもいった。水族館にもいった。映画のレイトショーにもいった。鎌倉にもいった。
陽介だって楽しそうに笑っていたのに。
玲奈に不満があったのか。それに玲奈が気づかなかったのか。
それとも単に、結婚一年目の、仕事を辞めさせてまで連れてきた妻を放置するほど、その女に惚れたのか。
なにひとつ玲奈のあずかり知らぬところで、ことは進んでいたのだ。
ただひとつわかっているのは、どうやら二人は玲奈を苦しめて楽しんでいる節があるということだ。
簡単にSNSを特定できたのも、不倫を公表しているのも、玲奈の耳に入ることを想定している気がする。
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