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懐柔計画その三 押しに弱い
週末になってコメントを入れ始める。もちろん匂わせはないので、おいしそうとか、かわいいとか、思ってもいないのに書きこむ。ちょうどそのタイミングで、彼氏最近見ないね、のコメントが入った。
ナイスだよ、誰だかしらないけれど。
最近仕事が忙しいみたいで会えていない、とレスが入る。毎日七時には帰ってますがね、とほくそ笑みながら、会えないと淋しいよね、などとコメントする。
すかさずピリカラキーマカレーから、奥さんとなかよくしてるのかなあ、と泣き顔の絵文字入りで書き込みが入る。さっそく煽っているなと思っていると、そんなはずないと思う、奥さんよりわたしのほうを愛してるっていってたし、とレスが入る。
ほう、そんなこといっていたのか。スクショしておこう。
「愛されててうらやましいな」
地獄のようなコメントを入れた。スマホの向こうで摩季の悲鳴が聞こえるようだった。
週が明けると、玲奈のスケジュールはタイトになった。雑誌の撮影が何件か重なり、深夜までかかることもある。
「ごめんね、撮影終わる時間がわからないから、夕食は自分で食べて」
陽介にそういった日の夜、彼女のインスタにはさっそく陽介の手が映りこんでいた。
「今日は久々のデート」
文字数よりもハートマークのほうが多い。
ゲキカラタンタンメンのコメント。きゃー、ラブラブ。ハートとキラキラの絵文字。
ピリカラキーマカレーのコメント。明日も会社よー。遅刻しないでね。ハートとキラキラの絵文字。
摩季と顔を合わせて大笑いした。
「きみたち、なんか楽しんでるだろ」
悠人は相変わらずしかめっ面だ。
「人を陥れるのって、蜜の味よね」
うふふと摩季が笑った。
「女ってこわいな」
「たぶらかすのは得意なのでね」
そんな使い方をされるとは思わずに、悠人は眉間にしわをよせた。
「おもしろいほど転がってるわよね」
玲奈はそういって手のひらを出した。
「わたしの頭がいいのか、あいつらがバカなのか」
「両方よ。見事な相乗効果よね」
「そっか。じゃあ、懐柔計画その三、遅くなっても帰るから。は成功ね」
けらけらと笑う玲奈に、悠人が聞いた。
「なあ、だんなはきみのどこに惚れたんだろうな」
それをこの人に聞かれてもな、と思いつつ
「今となってはもうわからないな」
と答えた。
「じゃあ、きみはだんなのどこが好きだったんだ」
いやそれも答えづらいな、と思っていると
「どうせほだされたんでしょ」
と摩季にいわれてしまった。
「はっ、なぜそれを」
「押しに弱そうだもん」
「そうか、玲奈は押しに弱いのか」
がっちりと目があってしまった。
「いや押さないでよ」
玲奈が小さくいうと
「どうだかな」
そういってにやりと笑うと悠人は撮影の準備にもどっていった。
「なんかのスイッチが入ったみたい」
ぽつりと玲奈がいうと
「わたしがどんどん押しまくってやるわよ」
と摩季がいう。
「ねえ、けしかけるのやめてよ」
「いいのよ。これはあなたのためでもあるけど、悠人のためでもあるんだから。いいかげん腹をくくりなさい。往生際が悪いわよ」
「うーん」
今なお煮え切らない玲奈の返事に
「はいっ! 撮影!」
と背中を押した。
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