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さて行きますか
それから玲奈は時間つぶしに予約していたエステにいって体に磨きをかけた。なんだか悠人のためにお手入れをしているようで恥ずかしい。
「用意周到と思われたらどうしよう」
もともとは完全武装のつもりだったのだ。
.futureの服を身にまとい、ランジェリーも買っておいた新品のもの、ルブタンを借りたのもそう。全身隙なく鎧で覆って一人で立ち向かうつもりだった。そうでもしなければ、がたがたと膝がふるえそうだった。
それがどうだ。意味合いが変わってしまった。すべてが悠人のためになってしまった。
「新品のランジェリーって……。ああもう、死ぬほど恥ずかしい」
味方がついたのは非常に頼もしい。少なくとも膝はふるえなくてすみそうだ。さっきまで必死に気を奮い立たせていたのがうそみたいに気が楽になった。たぶん計画はうまくいくだろう。悠人がついてきてくれるだけでそう思う。
それはいいのだが、問題はそのあとだ。心の準備ができていない、などと小娘みたいに思ってしまう。いまや離婚届よりもそっちの方が大問題だ。
マンションがみつかるまでいてもいいということなのか、それともつきあいの一切をすっ飛ばしてこのままいっしょに住むということなのか、どっちだろう。さっきは聞きそびれてしまった。いつ聞けばいいんだろう。
いや、それもそうだけれど、今夜ってやっぱりアレなんだよな。そうだよな。そもそも他人のアレを見た後にそんな気持ちになるだろうか。それはまた別なんだろうか。
心は千々に乱れる。
エステを終えて、近くのカフェで軽く食事をとる。食欲などまるでないが、いま食べておかないと十分な戦闘態勢がとれない。おしゃれなサンドイッチをかじりながら、彼女のインスタをチェックする。
待ち合わせは七時に彼女の最寄り駅。食事をしてからマンションへ向かうらしい。でも彼女は七時には玲奈のマンションの前にいた。
「えへー、突撃しちゃったー。彼にラインしたらすぐ来るって」
三十分後に陽介がきて、マンションに入ったようだった。
「いっしょに歩いちゃダメっていわれたー。べつべつに行くー。つまんなーい」
そこの分別はあるんだな。今九時ちょうど。
「彼今、シャワーあびてるー。えへー」
十時は頃合いだな。残りのサンドイッチを口に入れ、ぬるくなったコーヒーで流しこんだ。カフェを出る。タクシーをつかまえて事務所にむかった。
玲奈が事務所についたのは九時半ちょっと前だった。悠人はアトリエにいて、涼太郎はリビングにいた。
「九時半すぎたらここを出よう。車出すから」
「えっ、車あるの? 会社の?」
「カーシェアリングだよ、すぐ近くにパーキングがある。荷物運ぶときに使ってる」
「なるほどー」
合理的だ。経費が掛からない。
やがて悠人もリビングに出てきて、三人そろった。
「さて、行きますか」
涼太郎がいう。
「すみません。よろしくおねがいします」
玲奈が頭を下げた。パーキングまで三分ほど歩いて一台のコンパクトカーに乗り込む。運転は涼太郎、助手席に悠人、後部座席に玲奈。涼太郎が手早くナビに行先を入力する。玲奈のマンションまでは二十分ほどだ。車の中では誰も口をきかない。この先起きる修羅場に、みんな緊張しているのだ。
じきに目的地に到着する。玲奈の指示で近くのコインパーキングに駐車する。
「部屋は何階?」
涼太郎が聞いた。
「四階の右から二番目」
三人で見上げる。明かりは消えている。
「中にいるはずよ。じゃあ、行きます」
玲奈がエントランスを開けた。一階で止まっていたエレベーターに乗る。四階のボタンを押す。この時間、人出はもうない。すぐに四階につく。玲奈が先頭に立って廊下を進む。部屋の前に立つ。ドアの中からは何の気配も感じられない。
「ふう」
玲奈が一つため息をついた。カギを差し込む。ゆっくりひねる。
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