現行犯で逮捕する

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現行犯で逮捕する

 がちゃ。  しんとした廊下に思いがけず大きな音が響く。気づかれただろうか。そっとドアノブを押し下げる。玄関には陽介の革靴とリボンのついたハイヒール。寝室はリビングにむかう廊下の途中。  寝室から漏れ聞こえるのは、現在進行形の喘ぎ声。気づかれなかったようだ。  玲奈はスマホを出して録画を起動する。こうなったら声までとってやろう。土足のまま廊下に上がる。涼太郎と悠人は一瞬怯んだけれど、玲奈に(なら)って靴のまま上がった。コツコツとなるかすかなハイヒールの音。  寝室のドアの前に立つと、喘ぎ声も甘くささやく陽介の声もはっきりと聞こえる。三人とも顔をしかめる。玲奈はドアノブに手をかけた。が、首をかしげてそのまま止まる。悠人も涼太郎も、ん? と玲奈を見る。玲奈は動かない。じきに嬌声は激しく高まっていく。  うそだろう? このときを待っていたのか。これじゃあクライマックスオブクライマックスじゃないか。涼太郎はドアを開けた瞬間が恐ろしい。  今だ、と玲奈はガチャっと勢いよくドアを開けた。スマホをむけたまま、空いた手で照明のスイッチをばんっとたたく。 「現行犯で逮捕する!」  いきなりの侵入者と明るくなった部屋にベッドの上の二人は動きを止めたまま、目を丸くしてこちらに顔をむけた。さらに間の悪いことに毛布はベッドの下にずり落ちて二人はむき出しである。 「うっわ、エグい」  玲奈がつぶやいた。自分のチョイスしたタイミングだろうと涼太郎は横目で玲奈を見た。 「えっ、玲奈?」  ここでようやく陽介は妻に踏み込まれたのだと理解したようだった。 「あっ、なんで。ええっ、誰?」  あわてて離れると、毛布を引っぱり上げる。 「いやー! きゃあ!」  彼女は踏み込んできたのが妻だけでなく二人の男がいるのにも気づいて、頭から毛布をかぶってしまった。陽介は端っこを無理やり引っぱってかろうじて股間を隠した。 「ちょっと聞きたいことがあったのよ」  玲奈が冷たい口調でいった。 「あ? え? なに?」  陽介の動揺は激しい。 「彼女。あなたに聞きたいの」  彼女はおそるおそる目だけを出した。あきらかに一般人とは違う玲奈の空気感に目をみはった。 「陽介に別れ話、された?」  陽介の動揺がさらにひどくなる。 「わ、別れ話? さ、されてないけど」  目のまえに立つ三人の威圧感に声が小さくなる。 「ほんとにされてないのね?」 「はい」 「してないのね」  今度は陽介にむかっていう。 「あ、い、いや、これから」  もごもごと口ごもる。 「彼女とは別れるから離婚はしないといったのが、三週間前よ」 「えっ?」 「あ、だからタイミングを……」  彼女と陽介が同時にいった。 「もういいわ」  玲奈は動画を止めた。 「これにサインして」  涼太郎が、持っていたクリアファイルから離婚届をとりだして突きつける。 「は? 離婚届?」 「そうよ、書いて。拒否はゆるさない。当然よね」  玲奈は冷酷に見おろす。 「あっ、でも話し合いを……」 「必要ない。彼女と別れる気はないんでしょ。さっさと書いて」 「いや、でも」 「陽ちゃん、別れるってなに?」 「あんたはちょっとだまってて。あとでいくらでも話しなさい」  玲奈はあくまでも冷酷だ。 「書け」  そのまま黙り込んでしまった陽介に、涼太郎が追い打ちをかける。 「観念しろよ。もう無理だ」
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