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思い知ればいい
「あ、あんた。なんで」
ここで陽介は玲奈が従えているのが悠人と涼太郎であると気づいた。
「玲奈は一人で来るつもりだったんだよ。あんたが玲奈にここまでさせてしまったんだ。けじめはつけろよ」
陽介は頭を抱えて大きなため息をついた。
「証拠もばっちりあるからね。この動画、親に見せてもいいのよ。廊下から撮っているから音声もバッチリ残っているわよ。さあ」
陽介はとうとうベッドからおりた。毛布は彼女が離さなかったので、脱ぎ散らかした服をかき集めようとした。
「ちまちま着替えてるんじゃないわよ。そのままでいいからさっさと来て」
玲奈に全裸のままリビングに連れ出された。悠人と涼太郎は後に続く。ダイニングテーブルに座らされた陽介の前に離婚届、誓約書、ボールペンと印鑑をならべる。
「えっ、誓約書?」
「そうよ。これでわたしたちにはこの先一切の接点がなくなるわ」
陽介の顔に絶望が浮かんだ。
「それ、必要?」
「必要」
三人に取り囲まれて、陽介はペンをとった。ふるえる手をおさえながら、ようやく二枚に署名捺印を終えた。玲奈はそれをファイルにしまう。今にも泣きそうに肩を落とした陽介の顔を見て玲奈は呆れたようにいった。
「みっともないわね。全部あんたの不始末よ。責任とってあたりまえでしょう。これから提出してくるから。誓約書のコピーは郵送するわ。それからわたしが残したものは処分してちょうだい。見送りは結構よ」
玲奈は踵を返す。寝室の前で一度立ちどまる。
「荷物とってくる」
寝室のウォークインクローゼットに入っていく。悠人がいっしょに入ってキャリーケースを持つ。
いまだに毛布にくるまってベッドにすわる彼女に玲奈はちらりと目線をやった。
「ああ、申し遅れました。ゲキカラタンタンメンです」
そういうとスマホのインスタ画面を彼女にむけた。彼女は意味が理解できないで呆然としている。
「こちらの思惑通りに動いてくれてとても助かったわ。それからピリカラキーマカレーもこっちの人間よ」
玲奈はスマホを彼女に突きつけた。
「あなたはこの先、この動画の存在に怯えて暮らしなさい。どこで流出するかわからないからね」
彼女の顔から、みるみる血の気が引いていく。
思い知ればいいのだ。遊びではすまされないことをしたのだから。
「じゃあね、ごゆっくり」
がっくりと肩を落とした陽介と、青ざめて震える彼女を残して、コツコツとハイヒールを鳴らして、玲奈は玄関に向かった。
バタンとドアが閉まった後も陽介は動けなかった。玲奈は去っていった。赤い靴底で家じゅうを蹂躙して。それは陽介とこの家に対する強い拒絶をあらわしていた。
まさか玲奈が乗りこんでくるとは思わなかった。しかも男を二人も引き連れて。画面でしか見たことのなかった悠人。ひとことも口を開かなかったが、ちらりと目があっただけで陽介はこいつが玲奈の男だと確信した。自分にむけられた強い敵意。去り際に一瞬浮かんだ勝ち誇った表情。そして玲奈をいたわるような穏やかなまなざし。
「ああ、俺はこの男に負けたのか」
惨めだった。情けなかった。悔しかった。なによりも玲奈を永遠に失ってしまった。もう自分のもとにもどってくることはない。心臓をぎゅうっと握りつぶされるような気がした。
「陽ちゃん」
アヤカが毛布にくるまったままつっ立っていた。なんだ、まだいたのか。
「あの……」
「帰ってくれ」
「え? でも」
「帰れ!」
怒鳴りつけた。八つ当たりだ。わかっている。アヤカは泣きそうに顔をしかめると寝室にもどった。着替え終わるとバッグをかかえて小走りに出ていった。
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