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浮気と不倫のちがいってなんだろう
満員の通勤電車を降りて、陽介は人波にながされながら改札にむかう。満員電車はあいかわらず不快だが、きょうはまあ、気分は悪くない。
仕事が終わったら、アヤカのマンションへ行く。食事はどうしよう。待ち合わせて外で食べるか。それともアヤカが何か作ってくれるだろうか。
うん、そうだな。はじめから部屋でイチャつくのがいいな。テイクアウトを買っていこうか。それともデリバリーをたのもうか。
今朝出がけに、玲奈には帰りは遅くなると告げた。玲奈は涼しげな顔で、そう、といっただけだった。
玲奈は気づいている。「おそくなる」が何を意味しているのかも。わかっていて陽介はあえていった。それなのに、なぜ平気な顔をしているんだ。くやしいだろう。その取り繕った顔を嫉妬で醜く歪ませてみろよ。
改札を抜けて自由通路にでたとたん、ぎくりとして足が止まった。
モノクロームの女の顔が横一列にならんでいた。大きなポスターだ。射貫くような目にくぎ付けになった。白黒の中に一点、真っ赤な半開きの唇が強烈な女の色香を放つ。雑誌の広告だ。ごくりとのどが鳴った。
後ろからドンとぶつかられた。ぶつかった人物は小さくチッと舌打ちをして追い抜いて行った。
陽介は人の波からはずれて、その広告をまじまじと見つめた。
(玲奈?)
今朝貶めた自分の妻を思い出す。
(まさかな。ちょっと似ているだけだ)
頭をふると、広告から目をそらせて出口に向かった。
さかのぼること、三か月。夜の十時、玲奈は大学の同級生の佳奈を相手にくだをまいていた。高円寺のしゃれたバーのカウンター。
とはいえ、もともと酒は強いほうではないので、飲んでいるのは薄いモスコーミュールである。
「腹が立つわぁ。たのむからいっしょに来てくれっていうから、結婚して東京に来たのに。一年で浮気ってなに? ありえないんだけど」
「心変わりというにはあんまりだよね。銀行も辞めてきたのに」
「でしょう? 今じゃただの派遣社員だよ。あんなやつ、見捨ててやるって思っても、経済力がついていかないのよ。もう情けない」
「いつから?」
一年ほど前から陽介の帰りが遅くなった。週に一回は終電で帰ってくる。そんなに遅くなるわけがないと思った。これでは既定の残業時間を超えている。
「ほんとに仕事で遅くなってんの?」
一度聞いてみた。
「あたりまえだろう。ほかになにがあるんだ」
逆切れ気味にいわれた。ますますあやしいが、何気ない風を装って、すこし様子をみてみることにした。だまっていると調子に乗ったのか、終電の回数が週二にふえた。家にいても、夜に電話がかかってくる。はじめのうちは、陽介もあわてていたが、そのうちベランダで堂々と長電話するようになった。
電話を切って部屋に入ってきたとき、楽しそうな仕事だねといってやった。さすがにヤバいと思ったのか、ごきげんをとらないとねとごまかした。
誰のごきげんだよと思ったが、だまっていた。
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