となり街の大型スーパーへ行こう

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となり街の大型スーパーへ行こう

「さかなさかなさかな〜♪ さかな〜を〜食べ〜ると〜♪  さかなさかなさかな〜♪ を食べた〜こ〜とに〜なる〜♪」 「いや、ちょっともうそれやめてくれる?! 今押入れの寸法測ってるから!」  と、中腰の体制で、押し入れの奥行きを測っていた妻に怒鳴られてしまった。 「おいおい。そんなマジで怒ることないじゃないかミシェル」 「いいから早く。あと五秒以内に私のバッグからスマホを取って来ないと殴るわよ」と、妻の恵子(けいこ)は言った。  僕は全力でスマホを取りに行き、恵子に手渡す。 「何センチだったの?」と僕は尋ねる。 「奥行き? 奥行きは五十五センチ」 「カラーボックスは入れられそう?」 「うん。十分入るでしょう」 「ねえ、どうせならさあ。スーパーの帰りにうどん食べて帰ろうよ」と僕は提案する。 「またぁ? あんたホントに好きね。まあいいけど」 「いや、恵子が他に何か食べたいものあるならそっちでも良いよ」 「んん、そうね。じゃあ私はカレーが食べたいかな」 「じゃあカレーうどんという事になりますが、よろしいでしょうか?」 「よろしい訳ないでしょ。カレーうどんは、うどんだから」 「え。そうなの? カレーうどんは、カレーじゃなくて、うどん寄りなの?」 「だって、カレーうどんはカレー屋さんにはないでしょ? うどん屋さんにあるメニューじゃない」 「ほう。ということは君は日本中のカレー屋を巡った事があるということだね?」 「あんたマジ、目突くわよ」 「ハハ。そう言って実際にやったことないじゃないか」  僕がそう言うと、恵子は左手で僕の首を押さえ付け、右手の人差し指をピンと伸ばして、肘を後ろに大きく引いた。 「いやちょちょっ……マジすみません。ほんと悪気なかったんです。自分調子に乗ってました」 「じゃあカレーで良いってことね?」 「もちろんです。僕も最初からほぼカレーって言ってたと思います」 「まあ言ってなかったけど、よろしい」  恵子は、僕の首から手を離した。 「恵子よ。こういうのを昨今ではDVと言うんだぜ」 「大丈夫よ。実際殴ってないから。まだ」 「まだ?! まだと言うことは、いずれ殴られるということでしょうか?」 「ノーコメントです」  ——僕たちは家を出ると車に乗り込み、隣街の大型スーパーに向けて出発した。今日は日曜日だからきっと、人で賑わっていることだろう。  僕は運転しながら、助手席の恵子尋ねてみる。 「ねえ。さっきの魚の歌さあ。もう一つバージョンがあるんだけどさ、聞きたい?」 「うん……まあ……じゃあ聴かせて」 「さかなさかなさかな〜♪ さかなのな〜かま〜かな〜♪ さかなさかなさかな〜♪ さかなのな〜かま〜かな〜♪」 「なに? 『魚の仲間かな』って言ってるの?」 「そうそう」 「それどういう時に歌うの?」 「例えば友達と水族館に行った時に、『あれ? あれって魚? 魚っぽいけど、魚……ではないよね多分。でもエビとかでもないし、まあだったら魚の仲間かな』って時が歌うチャンスです」 「うん。まあ面白さとしては30点くらいかな」 「ええー、厳しいなあ。じゃあ最初のとどっちが良かった?」 「んん。最初の方かな。最初のやつもう覚えてないけど」 「最初のは、『魚を食べると、魚を食べた事になる』という歌です」 「という歌ですっていうか、まあ説明されても意味分かんないけど」 「まあこの歌は、僕くらいの高い知能を持ってないと理解出来ないからね」 「あ、そうですか……まあでも実際あなた、名門大学を首席で出てるからね」 「そうなんだよね。僕って勉強は出来るんだよね」 「そうなのよね。でもその活かし方がね……」 「そう。その活かし方がね。一向に思い付かないんだよね」 「もう私と結婚して十年経つけど、まだひとつも思い付かないよね」 「何でだろうね。色々な難しい方程式とかを、子供にも分かりやすく説明出来るのにね」 「本当にね。そういう時は、やっぱりこの人頭良いんだな〜て感心するよ」 「でしょ。でもまあ、頭良くて良かったことは、君と結婚出来たことかもしれないね」 「ん、どういうこと?」 「僕が頭悪かったら、僕と結婚してなかったでしょ?」 「いやいや、違うよ。だって私ずっと、あなた頭弱い人だと思ってたもん」 「うっそ! マジで!?」 「マジマジ。結婚して三年目くらいの時に、あなたの大学の卒業アルバムで偶然大学名を知って、衝撃を受けたんだから私」 「ええ……そうなんだ。じゃあなんで僕と結婚したの?」 「まあ、のび太君的なあれじゃない? 私がいないとこの人何も出来ないから。みたいな」 「なるほど、君の母性本能に合致したってことだね」 「うん。多分ね……」 「じゃあやっぱり。僕の知能は、まだ何にも活かされてないことになるね」 「そういう事だね」 「そして、君は僕がバカだと思ったから結婚してくれたんだね」 「もちろん。私は今でもあなたはバカだって信じてる」 「よし。ちょっとあの、泣いてもいいかな?」 「どうぞ。のび太君」  車は走る。国道をどこまでも。  いや、大型スーパーに向けて。
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