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第十五話 十二万年後のメリー・クリスマス
「……起きて! ……ニギ!!」
遠くで透き通った女性の声が聞こえる。僕はこの声を知っている。起きる時間よ! と繰り返し叫んでいる。
どこから聞こえているのか? 耳から? いや違う。頭の中に直接、語り掛けている。
ニギと呼ばれた男は、体勢からベッドの上らしいと推察した。そして、声の主を確認するため閉じた瞼に力を込める。
だが、錘が乗っているように、びくともしない。
「すぐに体は動かないよ。いつもそうなんだから」
声は茶化すように語尾を上げる。ニギは両手を動かそうとする。次は両足。各部に力を込めるが、麻酔が打たれたように痺れている。
「どうなっているんだよ!」
心の中で上げた怒声に呼応するように、女性の声がクスクスと笑う。
「やっと話してくれた」
そこでニギは、頭で考えるだけで女性と会話ができることに気が付く。
「誰だ? 分かったぞ、誘拐犯だな。僕を麻痺させて、身代金の要求でもしているんだな!」
聞き覚えがあるのは、誘拐された時に声を聞いたからだ。懐かしいなんて思ったのが馬鹿馬鹿しい。
おそらく、犯罪グループの一員だろう。ニギは湧き上がる怒りを抑え、冷静を保とうとする。
「毎回、同じことを言うの、やめてくれない?」
陽気だった女性の声に、憤りが混じり始める。
「毎回ってどういうことだ」
「前回も同じだったってこと。前々回も、その前も!」
女性の声は呆れに近いものになっていた。
何度も寝かされ起こされる……そうか、人体実験に違いない!
そう思った瞬間、背中からドンと強い衝撃を受けた。
体が一瞬、浮き上がったかと思うと、ベッドに叩きつけられる。痛っ、と思った瞬間――ニギは唐突に記憶を取り戻した。
「コノ……?」
不意に、女性の名前を口にする。
全身の痺れがなくなっていることに気が付いたニギは、目を開けた。仰向けのまま首を右側へ傾ける。視線の先にはもう一つベッドがあり、若い女性が眠っていた。
スッと通った鼻筋に、薄い笑みを浮かべた口元。肩まで届く艶やかな黒髪は、左右に分けて結わえられている。全身に密着した黒いスーツが、スリムな体形を露わにしている。非の打ちどころのない美しさだ。
「ジロジロ見ないで! イヤらしい!」
「コノ、状況は?」
苦言を聞かぬふりをして、ニギは低い声で尋ねる。
「分からないから起こしたの! 宇宙船のセンサーが全部、ホワイトアウトして何も検出できないの!」
「直前のデータは?」
問いかけながら、脳に埋め込まれたインプラントを通してコンピュータを検索する。
インプラントを使えばコノと会話ができるし、データベースにアクセスすることもできる。ニギは再び目を閉じ、ホワイトアウト前の映像を確認した。
「これは!?」
何もなかった空間から突如、巨大な漆黒の闇が発生して宇宙船に覆い被さった。そして、映像は砂嵐のように真っ白になった。
「ダークマター! もしそうなら、この船の技術では対処できない」
宇宙船に武器はない。軌道修正のためにイオン噴射ができる程度だ。旅もここで終わるのか……。
諦めかけた瞬間、再び大きく揺さぶられた。今度は、宇宙船が引き裂かれるような強い衝撃――。
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