第十三話 君の好きなものを、僕は知らない

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「すみませんが、今日はちょっと!」  コウキは思わず大声を上げてしまった。今日だけは寄り道せずに帰らなければならない。その焦りから、もっともらしい理由を考える前に言葉が滑り出してしまった。 「そ、そうか。コウキ君は用事があるんだな」  勢いのあるコウキの声に押された社長が口ごもる。その様子を見て、もう少し気を使った言い方をすべきだったとコウキは反省する。 「その……古い友人と、あ、会う約束がありまして」  取り(つくろ)ったような薄っぺらの理由。とっさに思いつくのはこの程度。そもそもコウキに親しい友人はいない。会社のみんなにも、そんな話をしたことがある。なので、友人を使うのは理由として不自然極まりない。  社長は嘘を見抜いているかもしれない。気配りができる人は、観察する能力も高い。だが、気付いた様子を微塵も感じさせることなく、社長はいつものように優しい笑みを浮かべた。 「じゃあ、今日はみんなで、ティータイムをとろうじゃないか。それなら大丈夫かい?」  仕事の途中にお茶を飲むための休憩を取るということだ。それなら問題ない。コウキは安堵するとともに、社長の気配りに感謝した。コウキの様子から無理強いしてはいけないことを即座に感じ取り、対案を出してくれたのだ。 「私、行きたいお店がありまーす」  コウキの背後に立っていたユウカが、右手を勢いよく上げた。 「近くにケーキが美味しいお店ができたので、そこに行きたいでーす」  ユウカがそういうことをチェックしているとは意外だった。皆が一斉にユウカに視線を向ける。ユウカは自分のことをあまり話さないので私生活が想像できなかった。このとき、甘い物が好きなことを初めて知った。その割にはスリムな体形を保っている。  ユウカが声を上げてくれたおかげで場は和んだ。コウキは、断った理由を詮索されずに済んだ。 「天然の牛乳から作ったクリームを使ったケーキが食べられるそうですよ」  弾んだ声でユウカが情報を追加した。ミエコは「天然って大丈夫かしら? でも食べてみたいわね」といいつつも賛同する。『天然』という言葉にコウキも敏感に反応した。マヤと話をするときの話題にできると思ったからだ。 「じゃあ、決まりだな。午後三時に休憩にしよう。リョウタ君も、もちろん来るよね」  社長の確認に「ユウカさんが行くなら、もっちろんです!」と調子よく返答した。 「午後三時に出発だ。それまで、仕事に精を出してくれ」  社長が予定を告げて会話を締めくくると、皆、各々の仕事に取り掛かった。コウキは雪崩を起こした書類の山をもとに戻した。それから、パソコンを起動して情報の入力を始めた。
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