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衝撃は数秒で収まった。船内は嘘のように静かになった。
「あれ? センサーが戻ったみたい!」
コノの声には驚きと安堵が含まれていた。そんなはずは……と、ニギも自ら船外を確認する。
宇宙空間に瞬く星々が観測できた。闇の正体も、正常に戻った理由も全く分からない。だが、ひとまず危機は去ったようだ。
「直ったのなら、良かったじゃない。改めておはよう、ニギ」
ニギの心配をよそにコノの軽やかな声が脳内に響く。変わらないな……ニギは内心で苦笑した。
「コノは、相変わらず早起きだね」
「その目覚めが悪さ、何とかならないの?」
即座にコノが苦言を投げ返す。
迷惑をかけていることは分かっている。しかし、寝起きが悪いのは子供の頃からだ。
ニギは室内に異常がないか肉眼で確認を始めた。暖色に照らされた船内はベッド以外のスペースがなく、狭い。
天井は手の届く距離。そこには十二個の丸いランプが並んでいた。左から三つが緑色に点灯しており、残りは消えている。
ランプの横には手のひらほどの大きさの押しボタン。『押さないで』と言わんばかりに、真っ赤に塗装されている。
「三つということはそろそろ、到着する頃だよね」
「そのはずだけど……惑星が見えないの」
眠っている間に軌道が変わってしまったのだろうか。ニギはセンサーで外の星々を確認する。地球から観測した結果と一致しない。
銀河のどこを移動しているのか全く分からなかった。
「どうしよう、ニギ……」
楽天的なコノでも不安らしく、声に活気がない。
『プロキシマb』それが僕らの目的地だ。地球から四・三光年離れた恒星、プロキシマ・ケンタウリを回るその惑星は生命が住める可能性が高いと目されていた。
ランプ三つ分、三万年もの時間を掛ければ到着するはずだった……。しかし、痕跡すら確認できない。
不安という灰色のもやが腹の底から湧き上がるが、パートナーとしてコノを安心させなければならない。
「軌道は外れていない。でも、速度が落ちているみたい。予定よりは遅れるけど到着できるよ」
速度低下は事実だが、到着できる自信はなかった。コノへの言葉は、自身を勇気づけるためでもあった。
「ねえ、ニギ。ゲームしよっか? それとも映画――」
安心したコノが、時間つぶしのための策を提案する。
「いや、寝る」
言葉を遮って、ニギは提案を断った。宇宙船のデータベースには大量の情報が記憶されている。ゲームをしたり、映画を見たりして、いくらでも時間をつぶせた。
だが、ニギはそんな気になれなかった。予定通りに到着できない……その現実はニギの精神に鈍いダメージを与えていた。
「コノはどうする?」
「私は起きてる。だって、もったいないじゃない。寝てても年は取るのよ。一秒も無駄にしたくないわ」
コノらしい積極性のある言葉だった。
「僕を起こす条件を合わせておこうか?」
「いつもと一緒。一つ、宇宙船に障害があったとき。二つ、生命体の痕跡を見つけた時。あと……」
コノは言葉を濁した。どうした? とニギは問い返す。
「三つ目の条件を追加したいの。『私が、どうしても退屈で仕方なくなった時』」
「ハハハ、分かった。でも『どうしても』の場合だけにしてくれよ」
ニギと違ってコノは眠らない。退屈な時間を一人で過ごしていた。しかし、ニギは長く起きているのが苦痛だった。
「僕の姿、どう見える?」
「……どうって、カメラで見てみたら。でも、やめた方がいいかも」
提案を反故にして、ニギは室内カメラで自分の姿を確認する。ベッドには白髪混じりの中年男性が横たわっていた。
「もう寝る」
ニギは不機嫌な口調で、映像を遮断した。
「だから言ったのに……で、いつ起こせばいいの?」
「ランプ一つ分」
「えー、一万年も?」
ニギは聞き流しながら睡眠のための準備を始めた。足の血管に繋がっているチューブから睡眠誘発物質を注入するのだ。
コノは不平を言い続けているが、気に病む必要はない。理由はとても簡単だ。
――本物のコノは、何万年も前に死んでしまったのだから。
今、話している彼女はプログラムされた人工知能。ベッドで眠る本物のコノはもう、その目を開いてニギを見つめることはない。
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