第十五話 十二万年後のメリー・クリスマス

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 目を開けると、点灯する七つのランプが視界に入った。今回は目覚めがいいらしい。 「おはよう、ニギ。私のこと分かる?」  茶化すような口ぶり。変わりがないコノに安堵する。  旅が始まって七万年、この会話は何度目だろうか……。ニギは記憶を掘り返し、出発時の出来事を回顧した――。 * * *  コノに出会ったのは僕が二十歳の時。 「なんて美しいのだろう」  これが最初の感想だ。黒髪にそぐわない南国の海のような青い瞳。この組合せは珍しくない。最後の大戦が終わってから三百年。  人種の入りまじりは随分と進んだ。黒い髪と、黒い瞳が日本人の特徴というのは遥か昔の話だ。  コノも同じく二十歳。これは偶然ではなかった。集められた男子十人、女子十人は全員、二十歳だった。  半年間の隔離施設での生活は合宿のようで楽しかった。世界が終末へ向かう中、安全が確保された数少ない場所だった。  始まりは、施設に入る二年前の小さなニュース記事――未知のウイルスで日本人が死亡――だった。  数年に一度、このような事象は発生していたが問題にはならなかった。感染源はすぐ特定され、ワクチンも即座に作られた。だが、今回は違った。  潜伏期間が長く、無症状で感染を広げ、致死率が高く、変異が速い。一つでも欠けると人間が勝利できる。逆に全てが揃うと太刀打ちできない。  一人目が発症した時点で手遅れだったのかもしれない。  宿主を殺してしまうと生存できないウイルスは、弱体化していくことが一般的だ。だが、このウイルスは変異を繰り返しあらゆる動物に感染を拡げた。  発病しない生物がいるはずと、徹底的に調査されたが見つからなかった。ウイルスに強いコウモリもセンザンコウも発病したら皆、死んでしまった。  大国で作られたワクチンは自国のために消費された。不満を持った小国の一つが先進国に爆弾を落としたことで、膨らんでいた不満という風船が破裂した。  そこから、三度目の世界大戦に発展するまでに時間はかからなかった。あらゆる兵器が投入され国家間の資源の奪い合いが始まった――。  結局、どの国のワクチンも変異を繰り返すウイルスに対応できなかった。感染者を押さえることはできず、死者が積み上がっていった。だが、死因一位の座は間もなく、病死ではなく兵器による戦死へ譲り渡された。  戦争が止められないと悟った一部の科学者が国境を超えて協力を始めた。そして、『プロジェクト・ミルキーウェイ』が発案された。  地上から動物が消え、植物と昆虫だけの星になることを懸念した科学者は、未感染の若い男女を生存可能な惑星へ向けて送り込む――使い古されたSF小説の設定のような計画――を作りあげた。  ミルキーウェイとは天の川、織姫と彦星を隔てる障壁だ。その壁を乗り越えてカップルを惑星に到達させることがミッションだ。  身体的特徴、知性、性格、趣味などが徹底的に調査され、二十名が選ばれた。その中で、相性の良い男女がカップルとなった。  僕のパートナーになったのが『コノ』だ。選抜条件の一つに容姿が含まれていたため、男性は皆、眉目秀麗で、女性は容姿端麗だった。その中でもコノの美しさは別格だった。  十組はそれぞれに向かう惑星を決められた。観測結果から人間が生存できそうだと判断された惑星だ。僕らはラッキーだった。  なぜなら、目指す惑星が最も近い四・三光年先の『プロキシマb』だったからだ。三十九光年先の『トラピス1』を目指すカップルは、あまりの遠さに青ざめていた。
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