第十五話 十二万年後のメリー・クリスマス

4/7
前へ
/492ページ
次へ
 各国の技術を持ち寄っても、一気にワープができるワームホールは作れないし、光速で飛べる宇宙船が作れるわけでもなかった。  そこで、体内のホルモンを調整して、活動レベルを千分の一に低下させる技術が使われることとなった。  千年経過しても一歳しか年をとらないこの新技術を使えば、数万年かけて光年の距離を移動できるというわけだ。  当時の平均寿命は百四十歳。二十歳だった僕らが使える時間は、残り百二十年の千倍、十二万年ということになる。  目的の惑星までの距離と十二万年の使い方、この二つから地球を飛び出す際の速度が決定する。若いうちに到着したければ、初速度を上げる必要があるというわけだ。  酷な話だが、この判断は各カップルの話し合いに任された。地球を離脱する速度を上げれば、早く到着できるが体へのダメージが大きくなる。  速度を落とせば、体への負担は下がるが、到着したら老人ということになってしまうのだ。  僕はコノと何度も話し合った。コノは生存確率を上げるために、到着を遅らせた方がいいと主張した。だが、僕はできるだけ早く到着する――三万年、僕らが五十歳になるとき――を主張した。  新天地でできるだけ長くコノと暮らしたかった。五十歳は若くはないが、平均寿命は百四十歳だ。コノは「宇宙船で一緒に過ごせるでしょ」と譲らなかったが、最後は折れて僕の考えに賛同した。  この判断で僕は、十字架を背負うことになる――。  この速度なら十分に耐えられる、学者たちは言った。だが、地球を離脱して僕が目にしたのは、冷たくなったコノだった……。  何日も泣いた。早く着きたいなどと言わなければ……。  宇宙船に引き返す機能はない。生き続けるか、あるいは……赤いボタンに手を伸ばしては、思いとどまった。  僕はそれを『自死スイッチ』と呼んでいる。正式名称は思い出せない、苦痛なく死に至る悪魔のボタン。  こんなものを用意するのは残酷だとの意見はあったが、僕らはそれを希望した。この選択肢は、長旅に安堵を与えると考えたからだ。  データベースを検索していると、一本の動画を発見した。コノが自分で撮影したものだった。彼女は「ニギとの生活を楽しみにしている」と微笑んだ。  それを見て、また泣いた。泣いて、泣いて、涙が枯れたあとに決心した――死ぬまで生き続ける。それが、コノへの償いだと。  コノには防腐処理を施した。そして、コノはキスをしても目覚めることのない白雪姫になった。これは明らかな規則違反だ。  一方が亡くなった場合、死体は宇宙空間に放出するよう指示されていた。ウイルス等による病死なら、他方への感染リスクが高まるからだ。だが、ニギには出来なかった。  一人で旅を続ける自信はない。  そう思ったニギは、人工知能のコノを作った。性格はオリジナルよりも楽観的に設定した。  死体の魂を人工知能に担わせるのは異常だと分かっていた。だが、ベッドしかない船内に、何万年も閉じ込められること自体が異常なのだ。  それ以降、人工知能の『コノ』は、ベッドに横たわる『コノ』を演じ続けている。当人には、演じている意識はないだろう。そもそも、人工知能に意識はないのだから――。 「ニギ、なにボーっとしてるの? 久しぶりに、おしゃべりしようよ」  コノの跳ねるような軽快な問いかけに、ニギは我に返った。相手が人工知能だとはいえ、彼女の楽観には何度も助けられた。  コノがいなければ、とうの昔に赤ボタンに手を掛けていただろう。 「コノ?」 「やっと、話してくれた!」 「ゲームでもするかい?」
/492ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加