第十五話 十二万年後のメリー・クリスマス

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 その後も、ニギは寝たり起きたりを繰り返した。ニギが眠っている間、コノは船外を監視し続けた。  ニギが起きた時、コノは新たに作ったプログラムを披露することがあった。中でも『バーチャル・トラベル』はニギのお気に入りだった。  地球の観光地を旅行するというプログラム。コノがデータベースの情報から、世界各地の情景を三次元化したのだ。手をつないで旅をした。  ナイアガラの滝、エジプトのピラミッド……戦火で破壊されてしまった景色がリアルに再現されていた。 * * *  十二個目のランプが点灯したあと、ニギは眠るのをやめた。いつ体力が尽きてもおかしくない最後の十年。眠ったまま死を迎えたくはなかった。  コノは相変わらず陽気で、ベッドで眠る本物のコノは昔のまま美しかった。もう、映画を見たり、旅行やゲームをしたりする気力を失っていた。  それを察したのか、コノもあまり話しかけなくなっていた。目を閉じ、船外センサーから遠くに輝く星々を眺める日々が何年も続いた。  日ごとに体力は衰えていった。ニギは余命が長くないと悟った。 「コノ、お願いがあるのだけど」 「どうしたのよ。かしこまっちゃって」  コノの語尾を上げ、からかうような口ぶりは、努めてそうしているのだろう。体力は間もなく底を突く。  コノは生体データを把握しているので、頬を撫でるほどのそよ風でも、ニギの命の炎が消えてしまうことを知っている。 「長い間、ありがとう」  ニギは敢えて淡泊に礼を述べた。コノは茶化すことなく「うん」と小声で返事をした。気が遠くなる長旅における唯一の友人。  過去に出会ったどの人間よりも深く知り合えた親友、そして、恋人――さらには、親族のような感覚もある。この関係を的確に表現する語は存在しない。  もし表すなら、辞書に新語を書き連ねるしかないだろう。 「で、頼みって?」  僕にはやるべきことがあった。 「窓を開けてくれないか?」  ベッドから見えるのは宇宙船の内壁だけだ。だが、壁の外側は強化ガラスになっており内壁をスライドさせると、直接、宇宙が見える構造になっている。  有害な電磁波や、網膜を焦がす可視光線は遮断する構造だ。しかし、外部状況によっては身体にダメージを受ける可能性があるので、一度も開いたことはない。 「これが最期だから」  自らの口から発した『最期』という単語は、ニギに想像以上の切迫感をもたらした。間もなく死ぬ。最期の瞬間は自身で――肉眼で外を見たい。コノは、「分かった」とだけ返事をした。  コノの様子から、ニギは配慮が足りなかったことを反省する。ニギが亡くなってもコノは残る。電力が続く限り永遠に。話し相手もなく起動し続けるコノを思うと、心臓を鷲掴みにされたような苦しさを覚えた。  船体がガタガタと震え出す。開閉機構へ動力が伝達されたのだ。 「随分、動かしてないので時間がかかりそうよ」  ちょうどいい。このタイミングで話しておくことにしよう。 「……僕がいなくなったあと、君はどうしたい?」  沈黙が流れる。人工知能は瞬時に返答を演算することができる。だが、このように間を取るあたりに人の感情のようなものを感じる。 「私は……」  コノは言葉を詰まらせるが、続けて語ったプランは極めて論理的だった。  ニギが亡くなったら防腐処理を施す。その後、スリープモードに入る。起動条件は二つ、外部環境に変化があったとき、生命体を検知したとき。三つ目の条件は言わなかった。  「分かった」と返すのが精一杯だった。コノは気丈に振舞っているようにも見えた。だが、人工知能がそういう態度を取るのだろうか?  コノは『退屈』とは言うが『寂しい』と言ったことはない。ニギが生きていることは、退屈をしのぐ程度のものかもしれない。いっそ、その方が気が楽だ。
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