第十五話 十二万年後のメリー・クリスマス

7/7
前へ
/492ページ
次へ
「教授、生命体は機能を停止しました」  口元からカチカチと金属音を立てて報告したのは、緑目のロボットだ。宇宙船の窓から視線を上げ、もう一体のロボットの方を見る。 「自ら窓を開くとは思わなかったな」  教授と呼ばれたのは一回り体が大きい赤目のロボット。興奮したように激しかった目の点滅は、速度を次第に落としていらた。 「君、研究の進展はどうなんだ?」  赤目のロボットが語気を荒げた。緑目のロボットは押し黙り、不安げに口をカチカチと鳴らす。 「君はこの研究室に来て、どのくらいになる?」 「さ、三万年です」  上ずった声を上げた緑目のロボットは、両足を震わせ始めた。金属が摺れる音が室内に響く。 「宇宙船を確保してから九万年も研究してきたが、大した成果がないのだよ」 「宇宙を探索中に偶然、拾ったと前任の研究員から聞きました」 「船の機能を一瞬だけ停止させて確保した。以降、センサーを偽装して旅を続けていると思わせたのだ」 「最後まで気付かれませんでしたな」  赤目のロボットが怒っていなさそうだと安堵した緑目のロボットが、嘲笑する。 「この生命体は複雑な思考機能を持っていた。それを再現するために研究を続けてきた。ニューラル・ネットワークの知識を持つ君を採用したのはそのためだよ」  赤目のロボットは、緑目のロボットの肩をポンと叩いた。 「で、再現はどこまで進んだのかね?」 「……それが、教授。想像以上に困難でして」  視線を地面に落とす。落胆した様子を見せることで、教授の怒りを回避する作戦だ。 「ハハハハハ!」  赤目のロボットが突然、大声を上げた。 「教授?」 「これが『楽しい』だ。『感情』と呼ばれるものの一つ。これが再現できれば我々は大きく進化できる」 「『脳』にあるニューロンの結合状態を解析し、コンピュータ上に転写しました。完璧にコピーしたはずなのですが……再現できませんでした」 「難しい研究なのは分かっている。今まで良くがんばってくれた」 「宇宙船はどうしますか?」 「『墓』を作ってやるというのはどうだ?」 「ハカ……ですか?」  初めて聞く単語に、緑目のロボットはポカンと口を開ける。 「彼らは仲間が機能停止すると『悲しい』と感じる。そして『墓』というものを作るらしいのだ」  ロボットが持つ感情は『怒り』だけだった。『悲しい』とも『楽しい』と感じることもない。相手を威圧して屈服させることができれば、ロボットの世界は成り立った。 「融解処理に回したまえ」  壊れたパーツを交換することで動き続けられるロボットでも、いつかは機能が維持できなくなる。そのようなロボットは溶かされて、新たな部品の材料となるのだ。 「ダクトを開いて廃棄します」  緑目のロボットは、ドタドタと壁まで歩き、スライド式の扉を開いた。数十メートルもの滑り台の先に、真っ赤に煮えたぎる溶解炉があった。その熱量は室内まで届いていた。  台に乗せた宇宙船を移動させ、先端をダクトの端に載せた。 「ところで、この宇宙船には割と高度なプログラムが搭載されていたようだが、分析はしたのかね?」  赤目のロボットが思い出したように問いかける。 「あれは、我々には遥かに及ばない劣等品。研究の価値はありません」  緑目のロボットは、あり得ないと言いたげに両手をプルプルと振った。そして、船尾に移動して強く押した。  宇宙船は猛スピードで落下し、溶解炉へ突っ込んだ。しばらく浮いていた宇宙船は、やがて溶けて沈んだ。 「研究は振り出しですね」  緑目のロボットが、残念そうに溶鉱炉を覗き込みながら呟く。 「私は、彼らに習って、反省することにした」  言い放つやいなや、赤目のロボットは緑目のロボットの背中を強く蹴り飛ばした。 「教授!!!」  緑目のロボットは、溶解炉まで一直線に滑り落ちた。辛うじて台の端に捕まるも、下半身は溶鉱炉に浸かっていた。  這い上がろうと必死にもがいていたが、やがて、沈んで見えなくなった。 「無能な君でも、いなくなると悲しいものだな。まあ、冗談だが」  そう吐き捨て、赤目のロボットは荒々しく扉を閉じた。 <了>
/492ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加