第三十一話 僕とオレ

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* * *  立ち上がった僕が見たのは、世にも恐ろしい光景だった。  お母さんがゆっくりと、僕の方へ歩いてくる。右手には鎌を持っていた。彼が持っていたもの。そして、左手に何かをぶら下げていた。  何か……それは、生首だった。  目が開いたまま。  死の恐怖がその瞳に宿っているように見えた。赤黒く濃い血液が、首から滴り落ちている。静寂の中で、地面に落ちる血の音が聞こえてきそうだった。  お母さんは微笑んでいた。しかし、その顔はいつもの優しさとは異なり、能面のような表情をしていた。その表情の裏には、何かの感情が隠されているようにも感じられた。 「こっちへ居いらっしゃい」  鎌と、生首を地面へポトリと落として両手を広げた。  そうか、僕を助けるために必死で戦ったのだ。本当はこんなこと、したくなかったのだ。  強張った足が動くようになった。  僕は走り寄って、お母さんの胸へ飛び込んだ。 「怖かったわね。母さんもよ」  僕の肩を抱きしめた両手が震えていた。僕は、胸の中からお母さんの顔を見上げた。 「怖いのは当然だよ。でも、これは正当防衛。僕が全部、証言するから」 「母さんが怖い理由はそうじゃないわ。あなたと別れるのが、怖いの。あなたを愛していた。これは本当よ。でも、私の役割はここまで」  お母さんは、右手をグッと天に上げた。その手には、いつの間にか黒いグローブがはめられていた。手のひらから、バチバチと火花が出ていた。 「ここで、やっちゃうことにするわ」 「な、何を?」 「記憶の書き換えよ」  間髪入れずにお母さんの右手が、僕の顔面を掴んだ。  目の前に火花が散る。脳内に何かが侵入してくる感覚。体が痺れて動かなくなる。 「明日からあなたは『小林 直樹』として生きるの。本物は、私が殺さなくてもほどなく死んだわ。計画がちょっと早まっただけ」 「か、母さんは……どうなるの?」  僕が居なくなったあと両親はどうなるのだろう。急に心配になった。 「処分……されるでしょうね。あの警察官みたいに。でもいいの。あなたと幸せに過ごせたから。この町は、そういう町。クローンを人間世界に慣れさせるための秘密の施設。送り出したら、周囲の人間は入れ替える。あっ、遠からずメイちゃんも、ダイゴ君も送り出されるから」  説明を終えると、お母さんは最後に「ありがとね」と言った。 「母さん、痛いよ」  僕が声を絞り出すと、手のひらの力が少し緩んだ気がした。  しかし、そこで意識が途絶えた。
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