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* * *
「つらい記憶を話していただいて、ありがとうございます。相当、闇、深そうですね」
俺が一連の出来事を、名前を伏せて説明すると、女はそう言った。
思い出したくないことを話させた割に、返答が軽い。
当事者じゃなきゃ、所詮、こんなものか。
「で、そろそろ占ってくれるんだよな」
「いいえ、占いませーん。あなたには処方が必要。問診が終わったので、これからお薬を飲んでいただきます。調合しますので、奧へいきましょう」
「薬? 調合!?」
占い師ではないのか? 偽物なのか。
女は、俺の手を引いて立たせた。想像以上の強い力で、戸惑う俺を奧の部屋へ連れていった。
* * *
医者にあるようなベッドがあった。
シンプルな台の上に、薄っぺらいマットを敷いているだけだが。
周囲を見渡す。ベッドの脇にはパイプ椅子。壁際にコンロと流し台がある。それ以外、医療器具らしきものはない。
「そこに、座っててください。ところで、あなた。いくらまで払えますか?」
「いくらまでって、なんだよ急に」
「今から、あなたのトラウマを治すお薬を調合します。で、いくらなら払えるんですか?」
急にお金を要求するなんて怪しい。所持金は少ない。何て答えたって払えないものは、払えない。なので、貯金額を正直に答える。
「10万円だな」
「それだけですか。学生さんなら仕方ないですね。それで手を打ちましょう。安心してください。私は成功報酬型で仕事を受けています。結果に満足したら、お支払いください。じゃあ、調合に入りまーす」
「あんたは、医者なのか?」
「似たようなものです。あっ、調合している間、私の姿を見てはいけません……っていうのは嘘です」
自分でボケて突っ込んだ女は、パタパタとサンダルを鳴らして流しへ移動した。
手つきからみて、プロの占い師には見えなかった。裏通りの占いなんてそんなもの、と思ったが、占い師ではなかった。
かといって、医者や薬剤師にも見えない。犯罪に巻き込まれようとしているのか?
怖いお兄さんが出て来るならビビるが、女性一人に負ける気はしない。俺はもうしばらく、滞在することにした。
女は冷蔵庫から、材料らしき品々を取り出した。続いて、コンロに鍋を置き、瓶を開けて液体を注いだ。複数の液体を投入したあと、火をつけた。
弱火で熱している間に、女はまな板の上で何かを切り始めた。漂ってくる匂いからニンニクだ。
それを鍋に投入すると、続けて、唐辛子や、見たことがない草を投入した。
こんなものを飲ませるのか!?
室内が、鼻をつく匂いで満たされていった。
「はい、完成~。少し、冷ましましょう」
出来上がった液体をザルで濾して瓶に入れた。そして、冷蔵庫に入れる。
「じゃあ、ベッドに寝転がってください」
鼻にかかるアニメ声で、女はニコッと笑った。
「おい、アレを飲ませる気か?」
「はい。とーっても良く効く薬ですよ」
女は俺の両肩を押して、ベッドに寝転がせた。
逃げるか? と頭によぎる。でも、帰ったってまた鬱々とした生活が待っているだけ。
少しでも改善が見込めるなら……そう考えて、起き上がるのをやめた。
冷蔵庫から瓶を取り出し、女が戻ってきた。
「はい、あーん、してください」
どうにでもなれ。
素直に従って、口を大きく開けた。
「いい子でちゅね~」
怪しいお店の幼児プレイか?
そんな空想は一瞬にして断ち切られた。
苦い! からい! まだ熱い! あとは何か分からない草の匂い。
吐き出しそうになる俺の口を、女が両手で塞いだ。
ぐふっ。
一気に飲み干してしまった。
そこで、記憶が途絶えた。
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