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* * *
「料金は、あと払いでお願いしまーす」
美由は軽快に海の家へと駆けていった。後ろ姿を見送った。
嘘だろ……このシーン。
あの日だ。去年の夏の日。三人で来た海水浴。
そう思った瞬間、背後から和真の声が聞こえた。
「ちょっと、話がある。付き合ってくれ」
やっぱりだ。
俺は和真に続いて歩く。
移動先は記憶の通り、岩場だった。
このあとは――。
「おお、こえー」
眼下の岩に打ちつける波を恐々と眺める和真の言葉も、記憶の通り。
彼がライフジャケットを着ているのも記憶の通りだ。
「話しってなんだ?」
俺はこれまた、記憶の通りに言葉を返した。
しかし、当時と心境は異なっていた。なぜなら、この先を知っているから。
――彼を飛び込ませてはいけない。何があっても止める。
冷静に状況を分析した結論はこれだ。
あのクソマズい薬は、時間を遡れるものだったのか。
セカンドチャンス。
失敗は許されない。
「俺、今日の帰りに美由に告白する」
その言葉を冷静に聞き入れた。
去年はここで錯乱した。
頭が真っ白になって「おまえ、俺の気持ち、知ってんだろ!」と怒鳴った。しかし、今回は怒りの感情は湧いてこなかった。
こいつが死んでからどれだけ辛かったか。
美由がどれだけ悲しんだか。
生きてさえいてくれれば、それでいい。美由がコイツと付き合ったってそれでいい。
全然……それでいい。
そう思った俺が口にした言葉は、自分でも以外なものだった。
「じゃあ、俺も彼女に告白する。お前には負けない!」
俺はニッと笑ってやった。
和真は目を丸くしてから、大きく息を吐いた。
「それでいい」
「それで……いい?」
「お前の態度を見てると、じれったくて仕方ねえ。だから、鎌をかけたってわけ」
和真は両手に腰を当てて「どうだ」と言わんばかりにハハハと笑った。
「ということは……」
「告白するってーのは嘘。嘘に決まってんじゃねえか」
何てことだ。
彼は俺の背中を押すために演技をしたのだ。俺が美由に告白するよう仕向けるために。
そんな、そんな、そんな……。
そうとは知らずに、俺は言ってしまった。絶交……だと。
後悔が心を満たし、涙が目頭に溜まってきた。
「も、もし、俺たちがカップルになったら、三人……の関係が……変わっちまう。お前はそれでも……いいのか?」
情けないことに、涙声になっていた。
和真は俺に近付くと、肩をバンと叩いた。
「そんなことで、俺とお前の友情は変わらないって!」
涙がついに溢れてしまった。
その時だった。
「女の子が流された!」
次の展開をすっかり忘れていた。
本当にすべきことはこれからだ。
和真は条件反射で海を見下ろしていた。
――やばい、飛び込んでしまう!
咄嗟に手を伸ばした。
まだ届く。彼の手、右手を掴むのだ。
何があっても、飛び込ませてはいけない!
俺の手がまさに、彼の右手を掴もうとした――。
その手は……空を切った。
空気を掴むようで、何の感触も無かった。
二度目の手を伸ばす頃には、彼は海へ飛び込んでいた。
自分のライフジャケットを女の子へ着せ、そして――。
そこからは、記憶の通りだった。
打ち切られた捜索。
翌日、引き上げられた青白い顔の彼の遺体。
泣き崩れた美由。
そして、俺も同様に泣き崩れた……。
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