第三十二話 綸言汗の如し

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* * * 「お帰りなさいませ。ご主人様」  ゆっくりと目を開けた。天井が見えた。  体が動かない。  硬直しているような、痺れているような感覚。 「無理に動いてはいけません。すぐに元通りになります」  瞳だけ動かしてベッド脇を見る。女はパイプ椅子に座り、タブレット端末を操作していた。  端末にはケーブルが繋がれており、その先は俺の額へ繋がっていた。吸盤か何かで貼り付ているみたいだ。 「外しますね」  そういうと、女は荒々しくケーブルを引き剥がした。 「いてっ!」  思わず声が出て、起き上がった。体が動くようだった。 「ご満足、いただけましたでしょうか?」  可愛らしい声で首をかしげて、俺の目を見つめた。  満足……そうだ。おれは和真に会った。彼が亡くなった当日に。  結局、助けられなかった。でも……暴言は訂正できたし、彼の真意が分かった。  そのことが、俺の心を少し安らかにしていた。  でも、待て。  あれは本当に起こったことなのか?  事実なら、タイムトラベルをしたことになる。  そんな技術が開発されたなんて聞いたことがない。 「確かに、あの日に戻れた。そして、彼とちゃんと話ができた。でもあれは、薬で幻覚を見せただけじゃないのか?」 「疑い深いですね。彼と話しをしたのは事実ですよ」  女は眉を寄せて、ムッとした表情を見せた。 「成功報酬だって言ってたよな。証拠を見せてもらわないと、料金は支払えない」  何を信じるべきか分からなくなっていた。  あれが実際に起こったことなら、10万円ごときでは足りない。 「疑い深いですね。仕方ないです。あなたの体に起きたことを説明します。あの薬は、精神をトランス状態に入れるものです。心を解放するお薬と言ってもいいでしょう」  俺は無言でうなづいた。最後まで一旦、聞こう。 「その状態じゃないと、繋ぐことができないんです」 「繋ぐ? どこに?」 「ストレートに言いましょう。あの世にです。この機械が仲介します。こちら側の会いたいという意図と、先方の会いたいという意図が合致したら接続できます」
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