第三十二話 綸言汗の如し

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「そんなこと、急に言われても信じられない」  女は困った顔をした。 「あなたが出会ったあいては和真君。そして、お友達は美由さん。この機械で様子をモニターしていました」  俺は和真の名前も、美由の名前も言わなかった。それを知っているということは……。 「タイムトラベルをした、という訳ではないんだな」 「そんなことは出来ません。あなたは、あの世の彼と少しだけ同じ時間を過ごしたんです」 「もう一度、試したら、あいつと話しができるのか?」  もし事実なら話しがしたい。ちゃんと、もう一度……。 「それは無理です。あなたが会いたいという意思を持っていても、先方はもう、そのつもりはなさそうです。彼の去り際はそういった表情でした」  残念だ。  もし、カラクリを知っていたら、もっとちゃんと話ができたのに。 「じゃあ、支払ってください。お・か・ね!」 「あんたは、その機械で占い師のふりをして、荒稼ぎをしているのか?」 「私のパパ……って、パパ活のパパじゃないですよ。本当のお父さん。パパは、科学者。こんなすごい機械が作れるのに、学会から追い出された異端の学者」  いわゆる、マッドサイエンティストというやつか。 「私は、ここでパパの研究費を稼いでいるの。儲けの20%が分け前。10万円なら2万円。一日の稼ぎならいいほう。じゃあ、早く、ください」  女は右手を突き出してきた。何だか憎めない。  占いを通して、この機械が役立つ人を探す。そして、薬を飲ませてあの世とつなぐ。  心が救われた人はいただろう。でも、大っぴらにはやれない。だから、宣伝せずにひっそりと運営しているのだ。  綸言汗の如し。一度口から出たら言葉は、取り消すことができない。  それが現実だ。しかし、俺はここに来たおかげで救われた。 「は・や・く!」  ブンブンと振られている女の手を、ぐっと掴んで握手した。お金は払うつもりだ。その前に感謝を示そうと思った。 「女の子の手を握るなんてセクハラですよ」 「ありがとう。ちょっとだけ、楽になった」 「はいはい、それは良かったですね」  素直に話しができない人間らしい。  わざとこういう言い方をするのだ。 「告白相手の女性……美由さんでしたっけ? ここを出たら連絡してあげなさい。そうしたら、お代をまけて9万円にしてあげる」  女は、優しい笑顔を俺に向けた。 (了)
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