第三十三話 そうだ、無間地獄へ行こう!

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 言葉に詰まる老人の頭の中を見透かすように、少女が答えを告げた。 「殺されちゃうの。主人にね。だって、バレたら困るでしょ。虐待」 「……殺す!?」 「屋敷の主人は、幼児趣味だったの。変態の中の変態といっていいわ」  少女は眉を寄せた。  思い出したくもないといった感じだ。 「十歳くらいかしら。体つきが大人に入りかけると、主人は途端に興味を失った。どんなに可愛がっていた娘でもね。そうしたら……」  少女は親指を立てて、首の下にさっと走らせた。 「スパッと切っちゃうのよ。酷いわね。最後に少女を犯して、そのまま殺すの。首を締めてころすこともあったわ」  ――酷い。  想像すると、胃酸が込み上げてきた。  だが、同時に、もっと聞きたいとの衝動が湧き上がる。 「なぜ、君は殺し方まで知っているのだ。普通は隠すだろう」 「死体を片付けるのは、残った女の子の仕事。血しぶきを拭いて、死体を台車に乗せて運ぶの。庭に大きな焼却炉があったわ。そこで、燃やすのよ。それから、庭に埋める。みんな、両親に見放された子ばかりだから、探す人なんていない。数えきれないくらい処理したわ」 「すごい、すごいぞ」 「何が?」 「見てみたい。私もその場に立ち合えればどんなによかったか」  老人は恍惚な笑みを浮かべた。 「フフフ。あなた、もしかして変態なの? 私の主人と同じね」  そうかもしれないと、老人は思う。いや、そうなりたい、と。 「そのうち私も成長して、最期の日を迎えた。その晩、なぜか今日がその日だと分かったわ。逃げることもできたけど、しなかった。精神がおかしくなっていたのかも」  老人はどんな最期が語られるのか、興奮を抑えきれずに聞いていた。 「いつものように、主人に犯された。こう見えても私、ご主人様のお気に入りだったのよ。だから、特別な最期を用意してくれていたわ」  ことを終えた主人は、裸のまま壁の方へ歩いていった。壁に掛けられていた布を外すとそこには、一枚の絵があったそうだ。高級な額に入った絵。  しかし、描かれていたのは洋室の背景だけ。 「さあ、君は死んで、この中で生きるんだよ。私が大好きな子供のままで。そう告げてから、主人は私の首に手を掛けて、強く締めた」  老人はごくりと生唾を飲んだ。少女は、その様子を見て少し嬉しそうな顔をした。 「首の骨が折れる瞬間、主人はこう言ったわ。『君より不幸な人間を見つけられたら、この絵から出られる』と。骨が折れたと思った直後、私は絵の中にいた。自分の体の上に馬乗りになっている主人を、離れた位置で見ていたわ」 「そうか。それで、君は人を不幸にし続けてきた。自分より不幸な人間を作るために」 「ご名答。第一弾は自分の主人。事業に失敗して、家族は離散。借金に追われて、最期は首を吊って死んだ。でも、私の不幸と比べると微々たるもの」  語り終えた少女は、楽し気に笑った。本当に楽しそうに見えた。 「素晴らしい、素晴らしいぞ。その呪いのような力で、私にも地獄を見せてくれ」 「だから、あなたみたいな幸せな人は無理なんだって。だから、早く絵を手放してよ……」  言ってから、少女は空中を見つめて何かを考え始めた。 「……名案が浮かんだ。うん、これは名案。あなたの願い叶えられるかも」 「本当か! じゃあ、やってくれ」 「ちょっと、準備が必要。絵の方を向いて目を閉じてて。あと、耳も塞いで。一分、いや、二分くらいでいいから」  老人は、少女が言った通りに行動した。
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