第三十七話 月夜に舞う天女

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* * *  彼女が俺のいる高校に入学してきたのは、二年生の新学期が始まって、一か月ほど経過した頃だった。  珍しい時期に編入してきた理由は、自己紹介の際に彼女自身の口から語られた。 「父の仕事の関係で、海外に長く住んでいました。急きょ、日本に戻ることになったのですが、手続きが間に合わなくて、この時期になってしまいました」  長い黒髪に色白の彼女は、海外に長くいたと思えないほど和風美女だった。  俺の第一印象は『感情の薄い人だな』だった。  挨拶が終わって頭を下げる際に、笑顔のひとつも見せなかった。  そんな感じだったので、クラスに馴染むのに時間が掛かった。女子のグループがカラオケに誘っても断られていた。  陰では色々な噂が流れた。海外に住んでいたというのは嘘で、複雑な家庭環境で育ったのだとか、精神的に問題があるなどだ。  ただ、今は両親と住んでおらず、マンションに一人で住んでいるというのは確からしい情報だった。  俺はそんな彼女が気になって仕方がなくなっていた。 「今日もあの子、体育、見学らしいよ」  本人に聞こえないところでヒソヒソと会話がなされた。  皮膚が弱いらしい、それも噂の一つだった。  彼女は、一度も体育の授業を受けたことがなかった。いつも分厚いブレザーを着たまま校庭の隅で見学をしていた。  六月になっても七月になっても、彼女はブレザーを着ていた。どうやら、皮膚が弱いという噂は本当らしかった。  夏休み前に、クラスでバーベキューをしようという話になった。 「お前が誘ってこいよ」  男友達にそう言われた。彼女が気になっていることがバレていたらしい。クラスの大半が参加するバーベキュー。誘いやすいネタだ。俺は意を決して、休み時間に声を掛けた。 「うん、行く」  ほんの少しだけ微笑んで、彼女が答えた。俺は内心でガッツポーズをした。  休みだというのに、彼女は制服で参加した。  相変わらずのブレザー姿。皆、不思議に思ったが理由は聞かなかった。  バーベキューをきっかけに、俺もクラスメイトも彼女とうちとけ始めた。  彼女は自分のことをほとんど話さなかったが、お昼ご飯を食べたり、放課後はカラオケに行くようにもなった。笑顔を見せることも多くなっていった。  二学期にあった文化祭。うちのクラスは演劇。彼女はくじ引きで、主役をつとめることになった。悲劇のヒロインを見事に演じた。完全にクラスに受入れられていた。  俺はそんな彼女にどんどんと魅かれていった。本気で人を好きになったのは初めて。つまり、初恋の人だ。  しかし、初恋が実ることはなかった。  十二月、二学期の終業式の日だった。先生が突然、彼女を教室の前に呼びこう言った。 「残念ですが、二学期末で、彼女は、この学校を離れることになりました。お父様の仕事の関係で海外に行くとのことです」  初めてクラスの前で挨拶したときと違い、彼女は本当に悲しそうな表情で別れの挨拶をした。突然の知らせだったため、お別れ会をすることもできず二学期が終了してしまった。
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