第三十七話 月夜に舞う天女

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* * * 「それから、天女のようなその女性は、空高く上っていった。パパは見えなくなっても、しばらく空を見上げていたんだ」 「うーん、ロマンティック。私、うっとりしちゃった」  茜は両手を頬に当てた。 「でも……」 「でも?」 「パパ、もしかして、その天女さんのこと好きだったんじゃないの?」 「えっ、それは。いやっ……」  初恋であることを隠しながら話したはずだった。しかし、小学一年生とはいえ、女性として何かを感じ取ってしまったのかもしれない。 「そういうの、ウワキっていうのよ。ママに言っちゃおうかなー」  茜は頬をプッと膨らませた。 「でも、ママと会うよりもだいぶ前の話だぞ」  初恋を認めてしまうような発言を後悔したが、意外にも茜にはヒットした。 「そっか、付き合う前なら、ウワキにならないよね。ユミちゃんがそう言っていた」  茜はパッと表情を明るくした。  今時の小学生は、一体、どんな会話をしているのか。苦笑いになる。 「ママと茜が、パパにとって一番だよ。それも、断トツの断トツでトップ」 「本当?」 「もちろん」  これは本心だ。  一番も、二番もない。二人が同率で断トツのトップ。この言葉に茜は満足したようだった。 「パパ、その天女さんに会いたい?」  機嫌を直した茜は、首を傾げて小悪魔のようにニッと笑った。  上目遣いで見上げる茜に、どう答えたものかと思案する。返答によっては、また機嫌を損ねかねない。 「そうだね、会いたいな。でも、その時はママと茜も一緒にね」 「じゃあ、駅前のケーキ屋さんのケーキをお土産にもって行く!」 「でも、彼女に会うには、月まで行かないといけないぞ。今から宇宙飛行士にはなれないので無理だな」  俺の言葉に茜は、首をプルプルと振った。 「茜、月に行く方法、思い付いちゃった」 「月に行く方法?」  期待せずに聞いてみることにした。 「パパがね、ダイエットするの。お腹についたお肉を減らせば、天女さんみたいに軽くなれる。そうすると、同じ方法で月に行けるじゃん!」  そう言ってから茜は、俺のお腹の肉をギューッとつまんだ。 「ははは、くすぐったい。でも、それはいい方法かも」  笑いながら茜の手を振りほどいて、彼女を抱き上げた。そして、二人で改めて月夜に視線を向けた。  ――彼女に会いに月に行く……か。  別れ際に彼女は気になることを言っていた。茜を怖がらせたくないので、その部分は隠して話したのだった。  天女の羽衣から手を離す直前。 「また、会えるかな?」  俺は彼女に尋ねた。もう会えないだろうと心の中では分かっていた。  しかし、希望が欲しかった。「またいつか、どこかでね」そんな返答でも良かった。  しかし、彼女の発した言葉は意外なものだった。  ――地球の技術は、凄まじい速度で進んでいます。そう遠くない日、月まで容易に来られるようになるでしょう。私たちは既に、その時のための準備を完了しています。でも……でも私は、偵察目的で来た私は、最後まで主張しようと思います。地球には優しい人たちが沢山いるって。  あっけにとられた俺の手から、羽衣がするりと抜けた。  最後に彼女は悲しそうに微笑んだ。  そして、満月に吸い込まれるように天へ上っていった。  そういえば最近、月の裏まで行けるロケットが開発されたとニュースでやっていたっけ。  俺はそんなことを考えつつ「寒くなってきたので、部屋に入ろうか」と茜に告げた。 (了)
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