第三十九話 猛犬注意!

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* * *  鎖は!?  そう思った瞬間に、雄太はペロに体当たりされていた。  勢いで、尻もちをつく。  中型犬とはいえ、獰猛な表情のペロに雄太は固まってしまった。  防御の姿勢を取る余裕がない雄太に、ペロは二回目の攻撃を仕掛けた。  ペロは、雄太の左足に噛みついたのだ。  ――いてっ!  ふくらはぎに、牙が食い込む感触。 「こらっ、ペロ!! 離れなさい!!!」  家の中から、飼い主の鈴木が飛び出してきて怒鳴った。 「ペロ、離しなさい!!」  鈴木は、ペロの体を抱きかかえる。  噛みついていた口を無理やり開かせて、雄太の足を開放した。  それから、ペロを引きずって、家の中へ消えた。  ――噛まれた。  雄太は引き裂かれたズボンの上から、左足に手を当てた。  そのとき、鈴木が戻ってくる。 「すみません、お怪我は……」  引き裂かれたズボンを見てハッとした。 「うちのペロが……すみません」  老人は、何度も頭を下げた。  鈴木との関係を悪くしたくはないが、さすがの雄太も「いいえ、大丈夫です」とは言えなかった。 「服は弁償します。あと、明日、医者に行ってください。当然ですが、医療費はお出しします」  必要な予防接種はしているとのことだったが、万が一のことがある。狂犬病にでもなったらたまらない。  ズボンをまくり上げると、血は出ていなかった。しかし、歯形がくっきりとついていた。  ――クソっ! やっぱり犬というやつは!!  犬には、狼のDNAが入っていると聞いたことがある。  狩りの習性が残っているのだ。  自分が狩りの獲物になったのかと思うと、再び、怒りが込み上げてきた。 「明日、医者に行きます」  不機嫌な声でそう言い残して、雄太は自宅に帰った。 * * * 「犬に噛まれたと……見たところ、外傷はないですね」  翌日、雄太は、大学の授業を欠席して近所のクリニックへ行った。  昨晩はくっきりと残っていた歯形も、随分と薄くなっていた。 「血液検査と、あと、レントゲンも撮りましょう」  中年の医師は、笑顔で告げた。  雄太は、レントゲン室で写真を撮った。その後、再び診察室へ呼ばれた。 「血液検査の結果が出るのは三日後です。裂傷には至っていないので、狂犬病の心配まではないと思います……が」 「が?」  眉をひそめた医師に、雄太は怪訝な表情で聞き返した。 「レントゲンに気になる部分があります」  医師は、パソコンのディスプレイにレントゲン写真を投影した。  左足の骨がくっきりと写っている。 「この部分です」  医師は、骨の一部を指し示した。 「影みたいな部分ですね」 「気になる影です。この検査だけでは判断できないので、専門医を紹介します」 「気になるとは、どういう意味か教えてください。噛まれた影響ですか?」 「噛まれたのは皮膚の表面だけなので、関係ないです。これは……骨にできる腫瘍かもしれません。今の時点で、断定はできませんが」  目の前が真っ暗になった。  ――『腫瘍』だと?  二十歳になったばかりで、そんな言葉を告げられるとは思ってもみなかった。  雄太は、医師に書いてもらった紹介状を持って、帰宅した。  母親と相談して、その日のうちに、市民病院で診察してもらうことにした。  母親は毅然としていたが、内心は動揺しているであろうと雄太は推察した。 「初期の骨肉腫です。若い人でも発病することがあります」  初老の医師が、雄太と付き添いの母親に告げた。  ゆっくりとした話しぶりは、落ち着かせるための作戦なのかもしれない。 「よ、余命は?」  震える声で母親が聞いた。深刻さが分からない母親は、動揺していたのだろう。  ――でも、いきなり『余命』はないだろ。 「詳細な検査が必要ですが、標準治療で十分に対応できると思います」  医者の力強い言葉に、二人は少しだけ安堵した。  その後、様々な検査を行い、雄太の病気が確定した。  当然、不安はあったが、治療すれば通常の生活に戻れるとのことだった。  それが分かった雄太は、前向きな気持ちになることができた。
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