第三十九話 猛犬注意!

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* * *  雄太の友人が、飲み会に誘ってくれた。  雄太を励ますための会。  病気が分かって以降、雄太は酒を飲むのをやめていた。 「ジュース、飲んでていいから」  そう言って、誘ってくれたのは嬉しかった。  友人とのバカ話は、雄太の心を解きほぐしてくれた。  帰りは深夜になっていた。  最終バスを逃した雄太は、例によって徒歩で自宅へ向かった。  鈴木の家の前で足を止める。  ――病気のことで、噛まれたことなど、忘れてたな。  あの事件は遠い過去のように思えた。  ジャラっと、鎖が擦れる音がした。  目を凝らすと、門の向こうにペロが立っている。  ――結局、室外で飼うのは変わってないのか。あれっ?  ペロは背筋を伸ばして、お座りの姿勢をしている。  飼い主がいるときと同じように、穏やかな表情に見えた。  ――なぜ、吠えない?  狂ったように吠えかかり、噛みついてきた猛犬が、大人しく立っていた。  ――ペロに噛まれたからこそ、病気が分かったんだよな。まさか!  犬の嗅覚は、人間の一万倍もあると聞く。  麻薬捜査に加わる犬もいる。あと……病気を匂いで嗅ぎ分ける犬もいると、テレビ番組で見た気がした。  ――お前、もしかして、俺が病気だって分かっていたのか?  雄太は記憶を辿った。  吠え始めたのは、それ程、昔ではない。  お酒が飲めるようになった以降なので、ここ半年といったところだ。  最初は酒の匂いが嫌いなのかと思っていたが、そうではなかったのかもしれない。  雄太は、足音を殺して門の前まで近付いた。  ペロは舌を出して、雄太を見上げている。  雄太は、恐る恐る、鉄格子の隙間に手を入れて、ペロの頭を撫でた。  柔らかな毛並みは、とても心地がよかった  ペロは「くーん」と喉を鳴らして、喜んだように尻尾をパタパタと振った。  ――でも、治療はこれから。今はまだ、病気の真っただ中だぞ。  直ったなら匂いが変わるので、吠えなくなるのも分かる。  しかし、本格的な治療はこれからだ。  犬が「病気が分かって治療に入ったので、吠えるのをやめます」などと判断できるはずもない。  そもそも、雄太が医者に行ったことなど、知るはずもないのだから。  だとすると、この変化の理由は何だろう。  あまりのペロの変化に、雄太は戸惑った。  撫でていた頭から手を離すと、ペロは背筋をピンと張って、空中に向かって「ワン」と一声吠えた。  雄太は、その姿に威厳のようなものを感じた。  ――この姿、どこかで見た気がする……そうだ、神社だ!  雄太の脳裏に、古びた神社の狛犬の石造が思い浮かんだ。  その下で拾われたペロ。  ――まさか、お前、狛犬の生まれ変わりなのか!?  それはないよな……。  そう思いつつ、雄太は昔「狛犬に頭を噛んでもらうと賢くなる」とか、「痛いところがやわらぐ」といった言い伝えを聞いたことを思い出した。 「俺が名前を付けてやる。名前は『コマ』だ。病気を見つけたら、また教えてくれよな、コマ!」  雄太は勝手に別名を付けて、語り掛けた。  そして、内心で罵倒したことを謝罪した。  ちょこんと座る犬を見て「犬も可愛いかも」と思ってしまう。 「俺が猫派なのは変わらないからな。でも、ありがとう。おかげで命拾いしたよ」  雄太は、改めてペロの頭を撫でた。 「明日、犬用の美味しいおやつを買ってきてやる。ご主人には内緒だぞ」  意味が分かったのか、ペロはクルクルと回ってから、空に向かって大きく吠えた。 「しっ、静かに! 近所迷惑だろ」  雄太は慌てて、唇に人差し指を当てた。 (了)
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