第四十話 背後霊をみる方法

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第四十話 背後霊をみる方法

 始業前の六年二組の教室。  いつも、授業が始まる直前に登校する生徒が多いが、この日は珍しく全員が揃っていた。 「机を動かして、教室の中央を開けてくれ。そして、椅子を置く」  俺は、てきぱきと作業の指示を出した。 「春樹、教室でこんなことやって大丈夫か?」  小柄でやせっぽちの直人が、怯えた顔で問いかけてきた。 「みんなでやろうって、決めたことだろ。今さら、怖気づいたのか?」  校内で流行っている「背後霊をみる方法」。それをやろうとしているのだ。 「そうだよ。昨日、みんなで決めたじゃん。大丈夫だって。授業開始までまだ時間があるから、それまでに元通りにすれば」  学級委員の理沙が、瞳を輝かせる。  学級委員といえば、眼鏡で真面目と相場が決まっているが、理沙は正反対だ。くだけているというか、適当というか。  そんなアバウトさが、クラスの支持を得ているポイントなのかもしれない。 「でも……」  直人は渋々といった感じで、机の移動を手伝った。  教室の中央に空きスペースが作られ、椅子が一つ置かれた。 「鏡は?」 「私が持ってきた。ちょっと小さいかもしれないけれど」  女子生徒の一人が、紙袋から教科書くらいのサイズの鏡を取り出した。 「じゃあ、それを持って、椅子の後ろに立ってくれ。それと……誰かカーテンを締めて暗くして」  俺は、このクラスのリーダーを自認している。クラスメイトもそれを認めてくれていると思っている。  これから行うのは、六年生で流行っている「背後霊をみる方法」だ。他のクラスでは、すでに実施したところがあるそうだ。 「二組でやったときには、何か写ったって……」  直人は、やはり乗り気ではないようだが、俺はその発言を無視した。  他のクラスがやったのに、うちのクラスがまだなんて、性格的に許せない。  負けた気がする。  何かが写るかどうかは重要じゃない。やることに意義があるのだ。 「じゃあ、誰が座る?」  俺は、三十名のクラスメイトの顔を順に見渡した。皆、顔を伏せ気味だ。誰もが、聴衆となるのはいいが、被験者にはなりたくないのだ。  仕方ないので俺が……と思ったとき、理沙が「はいはーい。私がやりまーす!!」と飛び跳ながら手を挙げた。  さすがというか、軽いというか。おかげで場が和む。 「じゃあ、座ってくれ。スマホは俺のを使うから」  理沙が髪を揺らして勢いよく椅子に座った。彼女を中心にクラスメイトが円状に取り囲み、俺は理沙の前、2メートルほどの位置に立った。  降霊術というものは、おそらく簡単にできるものではない。  映画で見たときには、特別に訓練した人や、霊媒師など能力を持つ人が行っていた儀式だ。  タロットカードやら、何かの石やら、特殊なお香みたいのものの力を使って霊をあの世から降ろすのだ。  小学生が、気軽にやっていいわけがない。  それでいい、やることに意味があるのだ。  噂で流れているやり方はこうだ。  場所は学校の教室。学校には色々な思いがこもっているので、霊を見るには適してるのだとか。  被験者は椅子に座り、目を閉じて背後に集中する。瞑想状態がベストらしい。しかし、それがどんな状態か、俺には分からない。  部屋はできるだけ暗くする。本当は夜がいい。  だけど、さすがに夜の学校に忍び込むと叱られるので、始業前にカーテンを閉めてできるだけ暗くすることを選んだ。 「理沙、目を閉じて、心を静めて。そして、背後に意識を集中する……」  噂で聞いた通りの指示を出した。理沙は大きく息を吐いてから目を閉じた。  教室は静まり返り、異様な緊張感が場を満たした。  被験者は背後に何か気配を感じることがある。そうしたら、ゆっくりと手を挙げる。  気配は、霊がいる証拠だといわれている。  その瞬間を写真に納めると、鏡に背後霊が写るらしい。  1分……2分と、無言の時間が流れた。クラスメイトの吐息と、服が擦れる音しか聞こえない。 「どうだ……理沙?」  彼女が全く動かないので、しびれを切らして声掛けをした。 「全然。何も感じない。もう少し頑張る」  黒板の上に掲げられた時計に視線をやる。  始業の15分前。あと、5分が限界か。教室の配置を元通りにするのに5分はかかる。  先生はいつも、始業前ギリギリにしか来ない。とはいえ、5分は余裕を残しておくべきだろう。 「んん……」  理沙は小さく喉を鳴らした。足を小刻みに震わせている。  予兆がないのだろう。皆に見守られている中、変化がないことに苛立ちを覚えているように見えた。 「あっ!」  吐息のように理沙が声を漏らした。 「何か、感じた!?」  俺は、スマホを理沙の方へ向けた。  鏡に視線を送るが肉眼で確認できるのは、理沙の背中が写っているだけ。  その時だった。ガタガタと教室が揺れる音が響いた。  俺はビクッと体を震わせた。何名かの女子は「ひっ」と低い悲鳴をあげた。 「やばい、先生が来たぞ!!」  直人が、スライド式のドアの方を指さして叫んだ。  誰も入ってこられないように、ドアは掃除用のほうきでつっかえ棒をしてあった。 「みんな、直ぐに机を戻せ!!」  俺の声に弾かれて、全員が一斉に動き出した。  被験者の理沙は座っていた椅子を持って移動し、鏡を持っていた女子は慌てて紙袋に隠した。
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