第四十話 背後霊をみる方法

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* * * 「何をしていたのか、誰か説明をしてくれ」  榊原先生は、静かながら明らかに怒りを押し殺したトーンで問いかけた。  教師になって三年目。まだ新人だが、たくさんいる男性教師の中でとりわけ人気がある。  イケメンということはないが、面倒見がよく生徒の言葉に親身に耳を傾けてくれるからだ。  小学生の頃、素晴らしい先生に出会ったのがきっかけで教師を目指した、とかそんな話をしてた気がする。  いつも温厚なはずの先生の様子に、教室中の雰囲気がピリピリと張り詰めていた。 「今、六年生の間で、怪しい遊びが流行っていると聞きました。それは『背後霊さん』と呼ばれているものです。もしかして、それではないでしょうね。禁止だと言ったはずですが」  教室中の目が俺に向いた気がした。  こういう時こそ学級委員の出番だろ、そう思うが、理沙は懇願するような目で俺を見ていた。 「ちょっとした遊びのつもりだったんです。そんな悪いことをしたと思っていませんので、怒らないでください」 「それは、聞いてからだ。とりあえず、話してほしい」  小さなどよめきが起こる中、俺は意を決した表情で話し始めた。 「まず、部屋を暗くする。それから――」  他の生徒も口を挟みつつ、俺たちは始業前に行った儀式めいたものについて説明した。  先生は、うなづきもせずに黙ってそれを聞いていた。 「その方法で、背後霊を写真に撮った人がいるのか? いたら見せて欲しい」  昔と違って、小学生でも普通にスマートフォンを持っている。  公式には学校での使用は禁止だが、皆、こっそり持ち込んでいるのは公知の事実だ。 「スマホの持ち込みを、とがめるつもりはない」  そう付け足すと、理沙が低く手を挙げた。鞄からスマートフォンを取り出して、机の近くまで歩み寄ってきた榊原先生に渡した。 「うーん、確かに何か影のようなものが写っているな。でも、これは背後霊じゃない」  先生は、黒板の前に戻って、生徒たちを見据えた。 「もう二度とこの遊びはしないように! 分かったな!!」  先生は、急に怒鳴り声を上げた。突然の出来事に、全員がビクッと背筋を伸ばしたのが分かった。 「怒らないっていったじゃん!」  俺は、約束が違うと言いたげに声を上げた。こんなに声を荒げる先生を見るのは初めてだった。  厳しく注意される場面はあった。しかし、いずれの場合も、丁寧に理由が説明され、最終的に説得されてしまうパターンだ。  頭ごなしに怒鳴るように注意されたことに驚いた俺は、思わず言い返してしまったのだ。 「怒っているんじゃない」 「軽々しく、霊とか、そんな遊びをしてはいけない。そう言いたいんですか?」  俺たちの年齢層は、オカルトに興味をもつことが多いと聞く。先生もそれは理解しているはず。 「そうじゃない。そんな方法では、背後霊を見ることは出来ないってことだ」  返答は意外なものだった。生徒たちは近くの生徒と「どういうことだよ」などと囁き合う。 「その言い方だと、先生は、背後霊を見る方法を知っているように聞こえますが」  クラスの雰囲気を察して、代表して質問をした。  先生は、少しだけ眉を上げたが、怒りはしなかった。  しばらく押し黙ったあと、先生は口を開いた。 「ああ、その方法を知っている。だが、その方法は、君たちでは決して実行することができない」  教室のどよめきが一気に大きくなった。「知っているって!?」、「実行できないって、どういうこと?」など。  もう、授業どころではなくなっていた。 「その方法、教えてください。たとえ実行できなくてもいいです」  先生を困らせる問いかけかもしれないが、興味が抑えられない。「知っている」と言ってしまった以上、話さないと場が収まらないことは先生も理解しているだろう。 「……仕方がない。これから話すことは、このクラスだけの秘密だ。そして、これを聞いたら、先ほどの遊びはもうやめるように。約束するなら話してもいい」  俺は立ち上がり、クラス全員に視線で意向を確認した。そして俺は「分かりました」と言って、着席した。 「教師がこんな非現実的な話をするのは、どうかと思うが……」  そう言いながら先生は、チョークを手に取り黒板に①、②、③と縦に並べて書いた。 「これは、先生の祖母、つまり、おばあちゃんから聞いた話だ。背後霊を見るには3つの条件がある。そして――先生はそれを、見たことがある」  見たことがある――その一言が、教室の空気を凍り付かせた。  俺は、初めからあんな方法で背後霊が見られるなんて思っていなかった。多くの生徒たちも同じだったのだろう。  やってみたけれど、やっぱり写真に写らなかったね、そんな結論でよかったのだ。  それなのに、生徒を指導する立場の先生が「背後霊をみた」などと言うのだ。  背筋にゾワっと冷たい何かが走り、鼓動が高まるのが分かった。 「条件その1、背後霊は写真に写らない」  先生は、言った通りの文言を黒板に書き記した。 「僕たちの方法では無理だということですね。じゃあ、周りに何人かいれば誰かは目撃できるんじゃないですか?」 「背後霊は、他人には見えない。自分の背後霊は自分自身の目で見るしかない。もし、意識を集中したことで背後霊が現れても、他人には見えない。これが2つめの条件だ」 「じゃあ、自分の目でみればいいってことですね」  しばらく押し黙っていた理沙が声を上げた。いつもの元気のいいトーンではなく、恐々と言った声色だ。 「その通り。でも、三つ目の条件が一番、難しい」  先生は、改めて黒板に向いてチョークで大きな円を書いた。 「この丸を人に頭を上から見た図だと思ってくれ。そして――」  目の位置に小さな丸を書いた。そこから、左右に広がる直線を引く。 「春樹、人間の視野角がどのくらいか知っているか?」 「シヤカク?」  俺は首をかしげた。正直、国語や漢字は得意ではない。  それを察した理沙が、会話に割って入ってきた。 「真っすぐ向いていても真横は見えないので、180度以下。例えば、160度とか、そのくらいだと思います」 「いい答えだ。正解は180度から200度。真横よりもちょっと後ろまで、見えていると言われている。これは、片目だけで見える範囲を含んでいる。両目で同時に見える範囲は左右120度程度だ」 「先生、それが背後霊と関係あるんですか?」  回答権を奪われた俺は、不機嫌な声で尋ね返した。
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