第四十一話 最後の婚約者

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第四十一話 最後の婚約者

「よくも、こんな場所に、こんな馬鹿げた会場を作ったもんだ」  俺は窓から外に視線をやり、感心が二割、呆れが八割の溜息をついた。  高層ビルの最上階、眼下には国会議事堂の三角屋根が見えていた。こんな位置に窓を作ること自体が問題だ。狙撃犯が侵入したら、ライフルで総理大臣を狙い撃ちできてしまう。これは、国防上の問題じゃないか?  いや、狙撃犯……悪くないかも。 「高梨さん、席に戻ってください。これは、政府から依頼を受けて開催している番組なんですから」  背後から、男性アナウンサーの声が響いた。テレビで聞く彼の声は、軽快で活舌が良く、心地よいものだった。しかし、今はそう思えない。  頭をかきむしりながら俺は、窓際から移動した。  こんな場所が確保できたのも政府からの依頼とあれば、うなづける。間もなく日が沈む。ロマンチックな夜景が見られるだろう。  しかし、この場所が選ばれた理由はそこではない。政府は近くで監視したいのだろう。この番組……いや、危険分子である俺と彼女を。  席に歩を進めつつ、室内を一望する。テレビカメラが五台、パイプ椅子には聴衆が三十人ほど。老若男女、さまざまな顔ぶれだ。  俺たちを見て楽しいのか? 理解に苦しむ。  教卓のようなテーブルに、座り心地のいいクッション付きの椅子。テーブルの上には画用紙の山に、赤と黒のマジック。そして、俺の対面には……女性が座っていた。 「はい、ではCMが終わりましたので再開しましょう。改めまして、私はこの『婚活リアリティーショー』の司会をつとめます――」  観客から拍手が起こるが、気分は高揚しない。女性も同じようだ。それは、仏頂面からも分かった。  確か、俺よりも十歳ほど若い……三十五歳とか言っていたな。 「さて、次のマッチングゲームは――」 「待て待て」  俺はアナウンサーの言葉を遮った。もう、うんざりだ。早く事務所に戻りたい。撮影のおかげで仕事が山のように貯まっている。 「何度も申し上げていますが、私は結婚どころか、婚約すらする気はありません。相手が嫌とかそういうのじゃないです。そもそも、その意思がないのです。そうですよね」 「ええ、私も同じです」  その点は、意見が合うじゃないか。  俺はニッと笑みを浮かべたが、彼女は能面のように眉一つ動かさない。 「では、次は『あなたの趣味は何ですかゲーム』!」  俺たちの言葉を無視して、アナウンサーは番組を進行した。スタッフが慌ただしくカメラの位置を変える。 「ではフリップに、趣味を書いてください。互いを知ることで、二人の距離がグッと縮まること、間違いなしです」  溜息をついてから、マジックを手に取った。  なぜ、こんなことになってるんだ?  俺は画用紙に『読書』と書いた。差し障りのない趣味の代表格。しかし、嘘ではない。弁護士という職業柄、一般人よりも遥か多く本を読んでいる。 「一斉に見せてください!」  悪夢の始まりは三年前に、あんな法律が出来たから……いや、五年前、あの男が総理大臣になってからだ。  外資系コンサルティング会社から政治家に転身したのが三十八歳のとき。最難関国立大学の卒業の頭脳、海外で身に付けた英語力、そして、高身長と外見の良さから、彼は一躍、時の人となった。  人気にあやかろうとした与党の長老たちは、彼を大臣に抜擢した。それが結果的に長老たちの命運を決めたのである。彼は新しい政策を打ち出して実行に移していった。  高い説明能力も相まって、人気はうなぎ上り。彼が新しく作った派閥には、次々と政治家が集まった。  二年後。彼は党首に就任するとともに、総理大臣に任命された。支持率は過去五十年で最高を叩き出し、誰も彼に物を申せなくなっていった。  彼は権力掌握の総仕上げとして、老害と化していた年配議員を要職から外していった。  ゆるぎない支持基盤を確保した総理大臣は、ついに、宿願たる少子化対策を打ち出したのだ。 彼は政治家になったときから、強力な少子化対策を主張していた。それなくして、日本の経済力の復活はありえないと。  そして、制定された法律が『適齢者婚姻促進法』、通称『婚促法』だ。  初めてその法案が披露されたときは、国会を通過するとは思わなかった。  結婚したら、夫婦それぞれに一千万円、第一子が生まれたら更に一千万円、第二子にも一千万円。第三子以降は一人につき二千万円を支給するという大盤振る舞い。しかも、小学校から大学まで国公立、私立問わずに学費を無償化。  財源の議論はうやむやのまま、高い支持率を盾に法案は通過してしまった。一体、いくら国債を発行すれば気が済むのやら。  しかし、厳しい制限があった。三年以内に離婚した場合は、支給したお金は高い利子をつけて返金すること。金で夫婦となることを強制して、子供を増やそうという算段だ。  ちなみに俺は、結婚になど興味はない。弁護士事務所の経営者である俺に言い寄ってくる女は多い。  女嫌い? そんなことはない。付き合うのは嫌いじゃないが、結婚は別。弁護士という職業柄、離婚の難しさは重々承知している。がっぽりと資産が持っていかれるなど、耐えられない。  特に子供が好きという訳でもない。結論として「結婚は不要」となるのだ。  人口の減少は経済の衰退につながる。でも、知ったことじゃない。人口が減っても稼ぐ手段はある。専門知識だ。俺はそれで食っている。  という訳で、法律を司る者として『婚促法』に違和感を覚えつつも、反論する気はなかった。  法律が施行されてしばらく経つと周りで変化がおき始めた。事務所で雇っている弁護士が次々と結婚し始めたのだ。 「俺、来月、結婚します」  遊び人で名を通していた、茶髪弁護士まで結婚したときには、さすがに驚いた。俺には、祝い金と結婚式でのスピーチが増えるというデメリットしかなかった。  テレビや雑誌の話題は「いかに、お目当ての相手を見つけてゲットするか」そればかりだった。「ランク上の相手の落とし方」のような詐欺まがいの方法を伝授する人間も現れた。  一年ほどたつと、ニュースで毎日「未婚率」なるものがアナウンスされるようになった。法律を推進したい政府が、情報提供しているのだろう。  五十歳までの男女を漏れなく結婚させることをゴールにおいた婚促法の狙い通り、未婚率は下がっていった。  そんなある日、事務所に飛び入りの訪問客があった。  俺と同年代の男性と、若い女性。 「柏木と申します。俳優をやっております」
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