第三十七話 月夜に舞う天女

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第三十七話 月夜に舞う天女

 2023年8月31日は、満月が最も大きく見える『スーパームーン』です。今晩は、更に1か月に2度目の満月である「ブルームーン」が重なる『スーパーブルームーン』です。国立天文台によると、スーパーブルームーンは2010年以来、13年ぶりで――  ニュースのアナウンサーの声が、大型テレビから流れてきた。  そうか、今日はスーパームーンなのか。 「パパ、ベランダから見る~」  ソファーに座っていた娘の茜が声を上げた。 「ごちそうさま。パパにしては合格です」 「おいおい『にしては』はひどいな。レシピを見ながら、頑張って作ったんだぞ」  俺の声を気にする様子もなく、茜は両手を合わせてから皿を重ねて台所へ下げに向かった。  今日は、妻が友人の結婚式で不在で、レシピを調べてオムライスを作ったのだ。料理は妻に任せっきりで得意ではない。  だが、見た目はともかく、味はそれなりの仕上がりになった。  リモコンでチャネルを変えていると、ソファーに座っている俺の後ろから抱きつかれた。 「早くぅ~」  茜は今年、小学一年生。  妻がヤキモチを焼くほどのパパっ子だ。そんな娘は死ぬほど可愛い。今日は二人っきりのデートのようなもの。 「わかった、わかった」  立ち上がり茜を抱きかかえて、ベランダへ出た。我が家はマンションの十二階。夜空の眺めは上々だ。  ローンで分譲マンションを購入。三十歳の給料で、子供の養育費とローンの支払いをまかなうのは、楽ではない。  しかし、腕に納まる娘のぬくもりが、何にも代えがたい幸せを感じさせた。  まだ背が低い茜のために、木の台を置いて立たせる。そして、夜空を見上げた。 「おおぉ」  二人で同時に声を上げた。青白く夜空に浮かぶ満月は、想像以上の大きさだった。雲一つない空に異様なほどの存在感を示していた。 「綺麗……」  茜はキラキラ光る石を集めるのが好きだ。空に浮かぶスーパームーンは彼女にとって、宝石のように見えているのかもしれない。  ――あの日も、こんな満月だったっけ。13年ぶりとか言ってたな。そうか、あの日もスーパーブルームーンだったんだ……。  青白い月明かりが、脳裏の奥深くの記憶を蘇らせた。日々の忙しさの中で、いつのまにか忘れていたあの日の不思議な出来事。 「ロマンティックだと思わない。パパ?」  茜が俺の手を握ってきた。  彼女はまだ『大きくなったらパパと結婚する』という世代だ。にしても『ロマンティック』なんて言葉、どこで覚えたのか。  俺は、茜の頭を優しく撫でた。 「本当、ロマンティックだね。ねえ茜、パパが経験した不思議な話を聞きたくない? ママには内緒の」 「聞きたい、聞きたい! 茜、約束する!」  台の上で飛び跳ねる。子供は嬉しくなるとなぜか飛び跳ねる。 「あれは、十三年前。パパがまだ、高校生だった時の話なんだけど――」
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