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事件編
数学から化学の授業準備をしている時、学校に刑事が来たと聞いて、私の頭の中に浮かんだのは地獄森善(じごくもり・ぜん)という男子生徒の存在だった。
それからすぐさま私は職員室に向かった。別にあのまま教室にいてもいいのだが、どうせ近いうちに私も教師から呼び出される事になるのは予想できる。
職員室には二つある出入り口を既に警察が塞いでいた。廊下で若めの教師達はどうしていいかわからない様子で頭を突き合せている。そのうち一人が私に気付く。
「ああ、躑躅野(つつじの)さん。ちょうどあなたを呼びに行くところだったのよ。地獄森君がなにかして刑事さんが来たみたいで」
不安そうな女教師が私に声をかけた。内容は想像通りだった。
善がなにかをやらかして警察沙汰になった。
しかし善の言語をまともに理解できるのは私ぐらいで、だから私が必要。私がいないと善の主張はさらにこじれ、聴取どころか公務執行妨害なんてことにもなりそうだ。
なにしろ善は敬語を使えないのだから。
ここで言っておきたいのが、善が敬語も使えないようなバカではないと言う事だ。むしろ彼は天才と言っていい頭脳の持ち主なのだが、それゆえにこだわりが強く敬語を使わない主義だ。尊敬できない相手に敬語を使うつもりはないらしい。
敬語なんて人間関係を円滑にするための言語なのだから、ぜひとも習得してほしい。しかしそういう時のために私が、躑躅野瑠璃(つつじのるり)がいるのだ。
「刑事さん、この子は地獄森君の、今回の事件の関係者です。話はこの子から聞いて下さい」
職員室の出入り口を封鎖している刑事さんに教師が言った。刑事さんはとても意外そうにしている。
それも当然、私は黒髪に黒縁メガネ、制服は違反なく着ていて、とても事件の関係者には見えないのだろう。
それにしても、私はいつの間に事件の関係者にされたのか。そもそも何の事件かも知らない。思い当たる事は多すぎる。
入った職員室はやけに人口密度が低かった。教師全員分の机のある広さの職員室に、善、善の担任、刑事さん二人、そして私しかいない。
善の担任の机がある職員室の隅に私は小走りで向かった。
「やぁ瑠璃。そろそろ来ると思ってたぜ」
さらさらした色素の薄い髪が揺れる。そして端正なつくりだが子供みたいな表情の善と目があった。私が来ることは予想済みらしい。
これが地獄森善。天才だがろくなことをしない高校生。私の恩人だ。
「君は?」
体格のいい刑事さんが私に尋ねる。何があったかは知らないが、私のような真面目な高校生に不釣り合いな事件であることは間違いがない。
「二年の躑躅野瑠璃です。地獄森善の通訳とでも思って下さい」
「通訳……」
刑事さんはそう呟いたが、すぐに納得した。善と意志疎通する事が困難だともう十分わかったからだろう。
「それで、何があったんです。正直心当たりは多すぎるのですが」
「……殺しだよ。そこの地獄森君が作ったアプリで、人が死んだ」
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