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見知らぬ地を何日も彷徨い歩き、私はやがて大きな門の前まで辿り着いた。そこにはもふもふした大きな影があった。平均的な大人の男性の体格である私よりもはるかに大きい。
この門をくぐれば、もしかしたら何か現状が変わるかもしれない。理由もなくそんな希望を抱きやってきた私を阻んだのは、もっふもふの毛玉、三つの頭を持つ世にも奇妙なうさぎだったのである。
\我が名はウサベロス/
が お が お
もふっとした声が広い空間に鳴り響いた。三つある頭はそれぞれ私にきょろりと視線を向ける。
「この門を通していただきたいのです」
私が恐る恐る口をを開くと、ウサベロスも口々に言葉を発した。
「なぜ?」
「もふもふしてってよ」
「それよりおなかすいた」
我が名は、などと名乗り出すからいかめしい存在なのかと思ったら、意外と軽いノリで私にいろいろ言ってくるので面食らった。
このうさぎたち、ここの門番か何かなのだろうか。あるいはもしかしたら単なるマスコット的存在なのか。
「道に迷っています。家に帰りたいのです」
「んじゃクイズしよう」
「当たったら門を開けるー」
「外れたらちもちも取ってきて」
ちもちもとはなんだろう。
ウサベロスは頭が三つなら口も三つなので、若干騒々しい。それでもお互い被らないように話してくるので、まあまあ聞き取れるのだが、どうにも矢継ぎ早だ。
\うさぎの足に肉球はー/
「いち、ない!」
「に、ある!」
「さん、うさぎによる!」
いきなり始まった三択問題。
うさぎの肉球の有無など、これまでの人生考えたこともなかったので正直迷ったが、脳裏に思い浮かべてみる。
……イラストに描かれているうさぎは……確か、肉球があったような……気がする。うん、ある。ここは二番の「ある」を選んで……
いや、わざわざクイズにするのだ。もしかして世間のイメージは誤った刷り込み知識である可能性も高い。三番の「うさぎによる」はさすがにないだろう。肉球に多様性は求めていない。
私はふとウサベロスの足元に気づいた。目の前に答えがあるではないか。しかし柔らかそうな足がふわふわの毛皮に包まれているものの……足裏までは見えない。
ここは、確認しておくべきだろうか?
「あの……足元に何か落ちてますよ?」
「えっなになに」
「せいろがんじゃない?」
「さっき食べたパパイヤかな」
ウサベロスが自身の足を少し上げた──今だ!
すかさずしゃがみこみ、もっふもふの足裏を確認したところ、肉球らしきぷにっとしたものの存在は一切見当たらなかった。
\なんもない/
「あれっ……見間違いでしたか。申し訳ない。あそうそう、クイズの答えですが、一番の『ない』が正解です!」
意気揚々と答えた私を、ウサベロスの真ん中の子が何か言いたそうにじっとり見つめてきたが、やがて門を開けてくれた。
「この先は苦難が待つ」
「なんたってちもちも迷宮」
「生きて帰れるかはわからない」
重たい地響きを立てながら、大きな冥府の門が開く。
……冥府?
ここはいわゆる「あの世」と呼ばれる場所なのだろうか。私は、死んだのだったろうか。
\いつでも我が名を呼ぶが良い/
うむ もふれよ
「何かあったら助けてくれるのですか?」
「気が向いたら」
「もふり次第だな」
「それよりおなかすいた」
ちもちも迷宮とはなんだろう?
聞こうとしたが、気づくとウサベロスの姿は消えていた。
……ここに突っ立っていても仕方ない。私は勇気を振り絞り、冥府の門をくぐったのであった。
続くのか?
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