タックス・ウォー

エピローグ 初代〈貿易自由化機構〉事務局長・阿南是清のスピーチ

　われわれはまたもや過ちを犯しました。第二次大戦とまったく同じ過ちをです。かの戦争の原因は、アメリカの〈ホーリィ・スムート法〉と呼ばれる域外関税品目の無思慮な大量追加であったことは論を俟ちません。
　今般の第三次大戦はドイツ第四帝国の侵略が発端になったのはまちがいないでしょう。ドイツ総統・ヴィルヘルム・シュナイダーは侵略の理由をアメリカの関税法にあると主張していました。なんたることでしょう、まるっきり同じではないですか！
　われわれは前対戦の反省から、GATTおよびその後進のWTOを立ち上げたのではなかったのですか？　最恵国待遇とはなんだったのですか？　いかなる理由であれ、もっとも条件のよい貿易条件を全世界へ敷衍する。そうではなかったのですか？
　こうした約束ごとを反故にして、誰もが無手勝流に二国間協定を結び始めたらまともな貿易が成り立たなくなる。とうのむかしにわかっていたはずです。
　よろしいか、関税ですよ。関税なんかのせいで未曽有の大戦争が起こってしまったのです。この戦争はぜんぜん必要のない戦争でした。なんの意味もない戦争でした。
　これからも局地的な紛争や内戦はあるでしょう。これを機に世界が浄化されるなどと思うほど、わたしは愚かではありません。人類が生きている限り争いはなくならない。しかたのないことです。
　しかし！　もう二度と関税絡みの戦争だけは起こらないと断言します。なぜなら〈貿易自由化機構〉が発足したからであります。
　ここに宣言します。ただいまをもって、全世界の関税障壁を撤廃します！　いっさいの例外規定は認めません。先進国・途上国の区別もありません。税関は廃止、通関業者は即座に失業です。
　いまこの瞬間、関税は永遠に息の根を止められました。この不愉快なシステムが二度と復活することのないよう、全世界が手と手を携えて自由な貿易を推進していこうではないですか！