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1 ヨーロッパ戦線
その日、若きジェフリー・F・アーミテージ少尉候補生はドーバー海峡のレーダー監視哨で信じられない光景に出くわした。
初見で彼は、レーダー網の故障であると断定した。それにしては識別信号不明の点が多すぎる気がする。モニタを埋め尽くす正体不明機の群れまた群れ。これが事実ならイギリスは間もなく謎の軍隊に蹂躙され、ちり芥のひとつも残らないだろう。
アーミテージはとなりに座っている技術軍曹に声をかけた。「軍曹、監視網がぶっ壊れた」
「なんですか?」軍曹はヘッドセットを外し、眉根を寄せた。「トイレは2階の端だってさっき教えたでしょう」
「俺はこないだまでオックスフォードでシェイクスピアを学んでたガキだ。ここの設備についちゃ、あんたのほうが詳しいと思ってね」
「そりゃそうでしょうよ。で、なにが問題なんです」
アーミテージは黙ってモニタを指さした。画面に映し出された無数の点は、推定速度55ノットで航行中、それらが扇状になってイギリス本土を一路目指してやってきている。もしあれらが兵員輸送船とその護衛からなる機動部隊だとしたら?
イギリス現首相は遺憾なことにウィンストン・チャーチルではない。労働党のホモみたいになまっちろくて痩せっぽちの意気地なしだ。ために護岸防備もなおざりにされ、砲台の建設も遅々として進んでいなかった。ドイツがネオ・ナチに乗っ取られたというのにである。
「もしかしてドイツ野郎かな?」少尉候補生は冗談のつもりで言ってみた。
軍曹は深刻そうな表情で押し黙っている。
「そうじゃないんだろ。なあ軍曹」
「作戦司令部の見立てでは、連中の総攻撃は仮にあるとしても1年以上先だという話だった。まともな民主主義国家であれば再軍備にそれくらいはかかるはずでした」
「はずでした? なんで過去形なんだい」
「ドイツにはもはや、まともな民主主義なんかびた一文残ってなかったんですよ」
その日、第二次イギリス本土戦の火ぶたが切って落とされた。初動の遅れたイギリスはドイツ軍の揚陸を座して許し、光速に迫る勢いでサザンプトン、グリムスビー、フェリックストゥの各港が占領された。
あとは雪崩のようなものであった。ドイツ軍に呼応するかたちでI R Aが防戦一方のイギリス軍を挟撃、揚陸からたったの2週間後、ブリテン島の組織的抵抗は終結した。労働党党首は絞首刑に処され、N S S上級将校がその代わりを拝命した。
EUだのなんだのと騒いではいたが、もともと欧州大陸はイギリスとドイツだけでもっていたようなものである。それらが同じ領土に組み込まれたいま、ドイツ第四帝国の版図が大陸全体に広がるのは時間の問題であった。
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