2 北米戦線

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2 北米戦線

 アメリカ合衆国国内では大統領に対する批判が紛糾していた。  いったいなぜ彼は一介の上院議員(どこぞの馬の骨)がたわむれにぶちあげた気ちがい沙汰にサインなんかしたのだ? 域外関税の段階的引き上げだと? なぜみすみす戦争を呼び込むようなまねをやるんだ?。  各州は当初、民主党(ブルー)共和党(レッド)に分裂して激論を戦わせる程度であった。けれども州知事たちはすぐに気づく。いま俺たちは党を同じくする者同士で連帯を組んでいるが、どうやらこいつらにも気に食わない要素があるらしいぞ……。  そのあとはまさしく疾風怒濤であった。各州は馬の合う者とだけつるむようになり、水面下で法案の共同化や州兵の貸し借りが行われた。  いのいちばんに独立を宣言したのはニューヨーク州であった。連邦政府が鎮圧部隊の派遣を決めかねているさなか、さらにカリフォルニアとテキサスが独立、あとはもう雨後のたけのこのように独立が相次いだ。連邦政府は有名無実と化し、最終的にアメリカ合衆国は38の国家群に分裂してしまった。  各国家元首――要するにかつての州知事たち――が一堂に会したサミットで内戦の無期限延期が確約されたため、かろうじて血で血を洗う統合戦争だけは回避できたものの、アメリカはもはや暗に明に全世界へ行使していた権力を完全に喪失した。アメリカ合衆国は核兵器の所有がどの州に帰すかで大荒れに荒れており、放っておけばいずれ域内での核戦争が勃発しそうなあんばいであった。  かくしてパックス・アメリカーナの威光は失われたのである。 「もしかして」キューバ首相は軍部の最高司令官におそるおそる尋ねた。「もしかしてだぞ、アメリカをやっつけるチャンスなのか?」 「その可能性はゼロじゃありません」としゃちこばった司令官。「連中は内輪もめで手一杯のはずです」  首相は司令官の意を汲み取った。「なにか言いたそうだな」 「首相、わたしにはアメリカ打倒の腹案があります。まずはロシアから核ミサイルの供与を受けます。まさかキューバ危機の故事を忘れてはおりますまい」  首相は当時生まれてもいなかったけれども、首を縦に振った。もはやキューバ危機は民族全体へ広く膾炙している記念碑的国辱であった。 「次に核武装をちらつかせて南米の諸国家を傘下に引き入れます。見せしめにペルーあたりへ核ミサイル(でかいの)を一発お見舞いすれば連中、尻尾を振って軍門に下るでしょう」 「で、そのあとは?」 「キューバ・メルコスール共産帝国の現出であります」  かくして南米は一夜にして、軍事独裁帝国の版図に組み込まれたのである。
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